もう会えない宝物

いとでんわ 第2期(2011年12月-2012年1月)

「あの時のコーヒーほど感動する味には、
     もうどこに行っても出会えないわねぇ。」

夏を少し過ぎたくらいから、たまにご飯を食べに
いらっしゃるようになったお客様の言葉です。
恐らく70歳ぐらいの女性で、いつも色んな話を
ご飯食べつつコーヒー飲みつつしてくださいます。
いかにもお話好きのおばあちゃん、という感じ。

今回はそのおばあちゃんから聞いた若い頃のお話。

吉祥寺の駅から歩いてすぐの所に「田園」という
喫茶店がありました。
内装も使っている食器もヨーロッパ製の華やかな
雰囲気をまとった煌びやかな一級品ばかり。
まるでオーセンティックなバーのようなお店で、
どのお客さんもそこに行く時はビシッと服装を決めて
コーヒーを飲みに行くんだそうです。

そんな格式高いお店に知り合いの男性と二人で行った
おばあちゃんは、そこで初めて「珈琲」に出会います。

お店の雰囲気は素晴らしく、そして何よりも
今まで出会ったことのないくらい香ばしい香りと味!
本当に心から感動して、今でもその味はよく覚えて
いらっしゃるそうです。

感動と興奮のあまり、その日は寝られなかった!と
後日連れて行ってくれた方に話をしたら、
「それは珈琲に興奮する効果があるからだ」なんて
言われたりして。

二回目に行く時はばっちり着物で。
そうしたら連れて行ってくれた男性から
「着物がよく似合うね。」なんて言われたりして。

そんな話を懐かしそうに。
そして何より嬉しそうに、ちょっと恥ずかしそうに
話す姿がとても印象的でした。

もうかなり前の話でしょうし、その時代も楽しいこと
ばかりではなかったんだと思います。
それでも一杯の珈琲を交えた思い出と、
その想いの込もった味は唯一無二で、
今でも思い出すと笑顔になれる大切なもの。
おばあちゃんが誇れることなんだと思います。

今はどんなことも物も溢れている時代。
そんな感動やいつまでもずっと記憶に残るものに
出会えるチャンスってあるのかなぁと逆に私が
考え込んでしまいました。

でも。

そういう時代があったこと。
珈琲との素敵な出会いの話。

話を聞くことで自分もその瑞々しい時代の空気に
少し触れられた気がしました。
そして、その話の発端は自分が淹れた一杯の
コーヒーからでした。

「このコーヒー、美味しいわね。でも。。。」

この後に続いた言葉が最初のセリフです。
こうやって話や味や記憶は繋がっていける。

それで笑顔でいられる。
なるべくたくさんの人にとって、このお店が
そんな場所であり続けられたら、と。

強く強く思っています。