ぐりちゃんのこと

第1期(2012年2月-3月)

うちのギャラリーとカフェによく来てくれる、ぐりちゃん、という子がいるんです。
もちろん、本名ではありません。ごくありふれた名字とかわいらしい本当の名前を持っています。
二十代前半の女性です。

ぐりちゃんと知り合ったのは数年前。彼女はまだ18才くらいだったはずです。
知り合ったとはいっても直接会ったことはなくて、Web上で互いの写真を気に入って、たまにほんの少しのやり取りをしてただけ。
ぐりちゃんは身体が弱いらしく、一日のほとんどを家で過ごし、調子がよければカメラを持って家の周りを散歩する、という生活をしていたようでした。だから当時のぐりちゃんの写真は、家から半径何百メートルか以内で撮られたものだけ。神奈川の田舎の風景がただただ淡々と続く写真。
でもそれが、涙が出ちゃうくらいよかったんですよ。

そのぐりちゃんが、2年くらい前かな、「トシさんに会いにいく」と言ってくれて、ついに会う約束をしたのです。僕もその約束の日が楽しみで仕方ありませんでした。でも結局、ぐりちゃんは約束の当日になって体調を崩してしまったとのことでドタキャン。初対面は果たせませんでした。

そのことがマイナスのきっかけになってしまったのか、それ以来ぐりちゃんからおたよりが来ることはありませんでした。僕も敢えてこちらから連絡することはしませんでした。

それが突然、今年の年明け、ちょうど良太くんが個展をやっていた時期ですが、彼女から「明日お店に遊びに行きます!」とメールが入りました。
前回のこともあるので、半信半疑で僕は待っていました。でも彼女はやってきました。本当に。想像を遥かに超えて元気よくジャーン!って感じで。やっと会えたと思って、僕も純粋に嬉しかった。

しかし、彼女と少し話していたら、彼女が家でひっそりと生きてきている理由がわかってきてしまいました。
僕にドクターの資格があれば、彼女の状態には確信的に診断名をつけることができます。それほど彼女はそういう傾向の要素を色濃く持っています。
端的に言えば、人の想いを推し量ることや空気を読むことが難しいのです。他人との距離感を全く掴むことができないのです。人が大好きで喜ばせたいのに、行動が結果的に人に好まれなくて、そのことで傷ついてきたことは数知れないだろうと思いました。
店でも他のお客さま存在しないかのようにギターを弾きながら歌い続けることがあります。そうかと思うと突然たくさんの人々の存在に気づき、その刺激をシャットアウトするかのように眠り込んでしまったり、突然泣き出したりします。とても疲れてしまい、歩くことすらできなくなってしまうこともあります。そうなってしまう自分が他人からどう見られているかの恐怖感がさらに彼女を苦しめます。

でも、この店にいるみんな、ぐりちゃんのことが大好きです。

ぐりちゃんは、店でたくさんの絵を描きます。カフェのマスターであるHovaくんの絵が多いです。すばらしい絵です。誰の筆致とも明らかに違う、彼女にしか描けない絵です。
カフェのママである祥子ちゃんに巾着袋を作ってきたこともあります。祥子ちゃんの大好きな象のモチーフがあしらわれています。布の選び方もステッチも、他では見たことのないようなセンスです。

彼女は良太君に誘われて、この店で初めてライブ出演の経験をしました。生涯初のライブは良太くんとのデュエットでした。彼女はガチガチに緊張して、練習の半分も力を発揮できませんでしたが、その経験は彼女の気持ちをマイナスに向けるものではなかったようです。先月、ぐりちゃんは今度は一人でステージに立ちました。ところどころ引っかかりながらも彼女は最後まで歌いきりました。

ここまでぐりちゃんが歌ったのは、全部カヴァー曲だったので、オリジナルを作りなよと僕は話しました。
次に来店したとき、ぐりちゃんはノートに一冊びっしりと詩を書いて持ってきました。
ちょっと意味不明な表現や不思議な言い回しも多いのですが、ハッとするような言葉も随所にちりばめられた詩たちでした。
僕はその中からいくつかの詩を選んで、次回までに曲をつけてくるように宿題を出しました。そうしたら今日までに4曲のオリジナル曲ができあがってしまいました。バラードあり、アップテンポの曲あり、本当に見事なものです。どこでも聴いたこのないような不思議なコード進行(でもすごくよい!)のもあります。

モノヅクリの神様に溺愛されているとしか思えません。
もしかしたら、神様はそれと引き替えに、他のいろいろなものを彼女から取り上げてしまったのかもしれない。そして、もちろんそれは彼女が望んだことではないのでしょう。
今日もぐりちゃんは歌って、描いて、寝て、そして泣いて帰って行きました。
僕がこのコラムを書いてるのに、どうしても曲を聴いてほしいとだだをこねたりもしました。
でも、もし引き替えの力であるならなおさら、せめてそれがぐりちゃんを輝かせるものであってほしいと思うのです。
そして、彼女が自分の居場所の一つとしてこの店を選んでくれてるのだとしたら、ここも人らしい人が集う場所としてまんざらではない方向に育ちつつあるのだなとも思うのです。


彼女が読んでるのはチャップリンの本。チャップリンとか、アインシュタインとか、マイケル・ジャクソンが大好きみたいです。