嗜好

第1期(2012年2月-3月)

イワオくんに影響されたわけではないが、僕も端的に言えば「ふるきよきもの」は好きだ。
そして、彼が欲しいというローライフレックスも実際に使っている。
ズボンは501だし、靴はレッドウィングやクラークスやコンバースだし、昭和っぽい古民家カフェを好む。

でも実はイワオくんと僕は歳が20も離れている。
僕、今年の6月で10才だからね。

だから、彼がローライフレックスを欲しというのと、僕がこれを好きなのとでは、同じ古いものが好き、でもその中身はずいぶん違うのだろうと思う。

僕のローライは製造年が60年代中盤、ハッセルは70年代前半。
つまりこれらのカメラは、僕がちょうどものごころついた時分に最高峰のカメラとして君臨していたものだ。僕はだから、子どもの頃からずっとそれらに憧れてきて、大人になって少しは稼げるようになって、それらが中古になって値が下がってきて、やっとの思いで手に入れた。
若い人たちにとっては、古いもののよさを新しく発見する、という感覚がたぶん強いのだろうと思うけれど、僕の場合これらは一緒の時代を過ごしてきたものというわけだ。

ふるきよき昭和っぽい雰囲気のカフェが好きで、自分が携わるカフェがそういうものにはならないと知ったときにはちょっと立ち直れないくらいがっかりしたものだが、その昭和っぽさもつまりは自分の子どもの頃の「当たり前」だ。

そう、古いもの好きといっても、意外と自分が生まれた年代より古いものには、それほど強い興味があるわけではないかもしれない。江戸時代のものを持ちたいとか使いたいとかは思わないもの。
結局は自分が生きてきた中で一度好きになったものを忘れられない、手放したくない、そういうノスタルジックな部分が僕の古いもの好きの正体なのかもしれない。

イワオくんみたいにそのもの自体が持つモノガタリに惹かれてそういうものを好きになれる感性は素敵だなと思う。
僕は何ごとにおいてもだいたいそうなのだ。よくもわるくも、自分が生きてきた時代に密着しすぎているところがあると自分で思う。
そしてきっとこの先もずっと、ローライフレックスやハッセルブラッドや昭和っぽい古民家カフェが大好きなのだ。