文章

第1期(2012年2月-3月)

この2ヶ月間に自分がこのアパートメントの当番ノートに残してきた文章を、さっき初めてあらためて読み返してみた。
他の当番のみなさんの素敵な文章に較べると、僕のはなんというか、中途半端? つまり何が言いたい? キミ、言いたいことはっきり言ってないよね、お茶濁してるよね、っていう文章ばかりで、ちょっと自分でがっかりしている。

実は、これらと別にアパートメント用にと書き起こした草稿が14編ほどもあるのだ。
普段あれこれ思っていることをこの(アパートメントのノート当番である)機会に文章化できればいいなと思って書きはじめたもので、その話題は今の自分のメインフィールドである写真のこと、音楽のこと、そこから生まれる人間関係のこと、などが、その主な話題だ。

結局、今回はこれらの書きかけの文章はお蔵入りということになる。書き上げられなかったのは、ひとえに僕の文章力のなさが原因だ。自分が感じていること事実をそのまま書けば書くほど、感じている「ニュアンス」からは遠ざかってしまうという、なんとも情けない事態に陥ってしまっていたのだ。
村上春樹が、何かの短編小説中の主人公の独白として、事実を伝えることよりニュアンスを伝えることが重要で、それができれば成功だというようなことを書いていたと思うけれど、それには僕もおおむね賛成。
自分にとって大切なことを書こうとしているだけに、だからそれらの文章が自分で赦せなくて、結局締切り時間ギリギリになってから全く別のテーマで書き直して、それが毎回日付変更直前の更新になっていた理由でもある。

もともと僕がWebに文章を載せはじめたのは2001年頃のことで、自分のWebサイトの日記、ブログ、いくつかのSNSと場所をかえながら、2007年頃まではほぼ毎日欠かさずにどこかしらに、そこそこまとまった分量の文章を投稿していた。
それをやめたのは、文章の内容を曲解されて敵視され、もちろんそれだけならモノを書く立場の人間として受け容れなければならないことだけれども、それだけでなく僕の周りにいる大切な人たちまでも攻撃の対象になってしまうことが何度となくあったからだ。
そういうことまで全て引き受けて書き続けるのは無理だと思った。その後はそれで、写真だけ、あるいはそれにごく短い自分へのメモ程度の文章を添えてという今の形に落ち着いた。TwitterやFacebookもやるにはやっているけれど、だからそういう意味での覚悟が必要な文章は載せていない。つもり。

曲解されずきちんと伝わった上でならば、どう感じられてもいい。僕の文章にはその力がなかったと判断せざるを得なかったから、その力をつけたかった。
感覚的で洒落た文章を書く人はたくさんいるけれど、僕はそういうのではなく、あ、もちろん場合によってはそういうのも書ければいいとは思うけれど、理路整然とした的確な文章が目下の課題。
そんなときにこのアパートメントの話があったから、それにトライしてみようと思ったのだけど、残念、結果はこの通り。
いつかまた、どこかで機会があったら、あらためて挑戦してみようと思います。
2ヶ月間、お付き合いいただき、ありがとうございました。