間借りします。

第1期(2012年2月-3月)

かつての一時期、数年前のことだからそれほど昔というわけでもないけれど、僕には会いたい人にはなにがなんでも会いにいくブームのようなものがあって、それは思い立ったその日にでも500kmを駆けたり1000kmを飛んだりする情熱溢れる(っぽい)もので、そのときに対象の人物が必ずやいるに違いない場所を狙い撃ちするわけだから会える確率は当然とても高かったし、そうやって会えたヒトとは(イロっぽい意味ではなく)何かしらが始まったものだった。自分のアクションから何かが始まるということがとても気持ちよくて、そのことに魅入られていたのだと思う。

が、その後フリーランスになってみると、自分裁量の時間は増えたはずなのに意外と思い切った行動には踏み切りにくくて、そのマイブームも尻窄まりに終了。近場をウロウロするだけになったこの期間は、当然のことながら新しい出会いや新しいコトの始まりという面ではその機会は減っていた。もちろんその間重要な出会いが皆無だったわけではないし、それ以前に新しい出会いを求めるだけが人生ではないのだけれど。

そして、昨年の11月に今の職場がオープンしてそこにほぼ常駐するようになったわけだけれども、現在のところまでは文字通りの「常駐」で、年末年始の数日間を除いて毎日ずっとここにいて(3時間以上職場を留守にしたことは5回くらい)、つまりほとんど外には出ていない。
しかし、そんな毎日一つ所に居続ける生活なのにもかかわらず、出会いは明らかに増えていて、相手の方から会いにきてくれるのだからラクチンなもの、という言い方をすると嫌な言い方になってしまうけれど、実際に効率という点では「ブーム」の頃を遥かに上回る。そして今回の佳央理さんとの出会いのように、出会ったことで何かが始まるケースも相次いでいる。
ヒトとヒトとの関係はとても相対的なものだから、双方ともに動き回るのではなくどちらかが静止していた方が出会える確率は高まるという理屈は簡単に導き出せる。自分が動く側に回った方が、つまり自分のアクションから何かが始まった方が気分がいいし、双方動き回っているところでの出会い頭的な遭遇の方がドラマチックでいいじゃんっていう想いはあるけれど、実際のところ佳央理さんと(そうでなくともいつかは出会ったのかもしれないけど、少なくともこの時期に)出会えたのは僕がここから動かずじっとしていたからなので、居場所を決めてそこに居続けるという方法論を否定することは僕にはできなくなった。
ひたすら居続けるのもまんざらじゃない(と思うことにする)。
(もっとも僕もいい加減痺れてきたので、せめてもう少し外に出られる方法を考え始めてはいます。)

とにもかくにも、出会いに感謝。

ここまで書いてきてふと思ったのだけど、ギャラリーの仕事はたぶんアパートの管理人の仕事とよく似ていて、その本質の一つはそこに一定期間滞在しているヒトのことを、そこを訪れるヒトと間で起こることを、その変化を、見続け、見届け、見送って、そしてその人やそのことが去ったあともそこであり続けるそこに居続ける、そういうところにあるのではないかな。
そうか、だから佳央理さんが「apartment」という名前のここでやりたいことはなんとなくわかるような気がするし、ここの住人にならないかという話があったときも二つ返事でお受けしてしまったのだな。
気の利いたことは書けないと思うけども、僕以外の6人の当番さんたちが本当にステキな方々なので、一人くらいは僕のようなちょっとハズす人間が住んでいても大丈夫。きっとそれがアパートメント。
しばらく間借りしますので、よろしくお願いします。

あ、そういえば、佳央理さんたちの展示の告知は今夜あたりだろうか。
彼女たちの写真とそれに触れたヒトたちとの間に起こることを見届けることができるのが、僕は楽しみでたまらない。
はるえさんにも、ほかの当番の方々にも、ここを読んでくださってるみなさんにも会えるとよいなぁ。

aprtment想像図
↑佳央理さんから「apartment」と聞いてこんな感じの建物を想像したのだけど、サイトの表紙の絵を見たらまんざら間違いでもなかったみたい。