はじまりがあればおわりもある。

第2期(2012年4月-5月)

 
早いものでもう2012年も半分が経とうとしている。
胸のあたりがザワザワする。焦りだろうか。
6月はずいぶん前から区切りの月として定着している。
肺の手術をしてからだったか、毎年この時期には個人的な事件が起こる。
だからだろうか、胸がざわつくのは。

ざわつくといえば、
駅のホームで耳を澄ますと、莫大な音の情報量に驚く。
足音や話し声、アナウンス、電車や改札機の音など四方八方から押し寄せてくる。
心地よくもあり、すこし恐くもある。

恐いといえば、
ぼくの携帯電話は固定電話にかけるとノイズで通話できないことが多々ある。
大事な要件がある場合にそんなことでは困ってしまう。
早くiPhoneにしたいのだけど色々としばりがあって秋まで我慢したいところ。悩ましい。

しばりといえば、
「互いに自由を妨げない範囲で、わが自由を拡張すること、これが自由の法則である。」
というカントの言葉がある。
この言葉はぼくと彼女さんを連想させる。

彼女さんといえば、
毎日これだけ一緒にいて、まだ尚、彼女さんの愛おしさに気付けるってなんて幸せなんだろうか。
ぼくはラッキーな男だ。

ラッキーといえば、
小学生の頃、父兄参観のときに悪ノリで友だちに「ラッキー!」と犬扱いして先生に怒られたことと
スーパーカーの曲と
バナナマンPodcastでバッファロー吾郎がゲストの回を同時に思い出す。

バナナマンのPodcastといえば、
あれはまさに人間関係を凝縮したとてもリアルな素晴らしいショーだ。
哀しくて可笑しい。
お笑いは偉大だ。
多くのものはすでに動く力がある者に向けられているのに対して、笑いはその動く力を与えることができる。

話は変わって、
David Lynchの個展はリトグラフや水彩画で構成されているらしい。
そういえば、リトグラフでやってみたいことがある。
数年前から行動に移せずにいるが作品化できるのはいつになることやら。
アイデアをすぐ具現化できる時間と資金と行動力がほしい。否、すぐ形にできないのはそれなりの理由があるのだから流れに身を任せよう。否、動かなければはじまらない。否、、

そんなふうに同じところをぐるぐるまわることってよくあるな。

ぐるぐるといえば、
フィルムをグルグル巻き上げる時間て好きだ。

時間といえば、
アパートメントでのコラム。
記憶を記録することをテーマにしていたのだがなかなかむずかしい。
「平々凡々」の形がしっくりきているが、他の方の文章を拝読すると、やはり己の文才の無さにがっかりしてしまう。

文才といえば、
以前、友人がFacebookにこんなこと書いていた。

飛行機に乗ってて感じたこと。

『何かを信じることで人は、
生きている。』

飛行機が飛ぶ仕組みを知らずともテクノロジーを信じているから飛行機に乗って、地上数千メートル、-50℃に身を置かれながらも、いくら揺れようとも映画を観ながら、ご飯を食べてる。
家族を信じているから、自分の居場所と認識出来る、友を信じているから話すことが出来る、取引先を信じているから依頼出来る、地球を信じているから建築基準法を制定出来、建築し、住むことが出来る。

とても素敵な言葉だ。ぼくの脳裏から離れないでいる。

彼はAsian Photo Arts(http://www.asianphotoarts.com/blog/)のエグゼクティブ・ディレクターで
ぼくは2月から写真作家としてAsian Photo Artsに所属している。
刺激的で魅力的な人たちと共に活動できるのはとても嬉しい。

嬉しいといえば、
このアパートメントにお誘いを受けたこと。
たくさんの出会いと発言する機会を与えてくれた管理人の御三方に心から感謝です。

感謝といえば、
ぼくの拙い言葉にお付き合いしていただいた皆さま、本当にありがとうございました。
またどこかでお会いできることを。

イガラシタカヒロ