会話について

第2期(2012年4月-5月)

毎晩、妻といろんな話をする。
食事をしながら、
お茶を飲みながら、
ラジオを聴きながら。

たとえば昨日は、羊の話をした。
妻は羊毛フェルト作家だから、
羊にはなみなみならぬ想いがある。
昨夜の話題は「羊」を作品のモチーフにする場合、
どんな羊がいいと思うか、だった。
ふわふわしてる子がいいよねだとか、
やっぱり顔が黒い子が好きだとか。
妻は羊の種類をきちんと挙げてくれるのだけど、
僕はそれがどんな姿をした羊かわからないから、
絵や写真で確かめながら聞く。

会話の途中で妻が、はっと思い出したように言った。
「6年間逃げていた羊がいたでしょう?」

その羊は名を「シュレック」という。
彼はニュージーランドの牧場で飼われていた
メリノ種の羊だが、ある日突然雲隠れしてしまい、
6年間姿を見せなかった。
「毛を刈られるのが嫌だったのだろう」
と誰かが言ったが、本当の理由はわからない。
長い時間をかけてひとりで考えたいことが
あったのかもしれない。

逃亡したシュレックは、
どこか人目につかない場所を見つけると、
そこに生えている限られた牧草を
こころのなかで二等分した。
そして、
右は夏に食べる牧草、
左は冬に食べる牧草、
と食べ分けていたという。
6年間。

どういうきっかけがあったのか、
消えたときとおなじように突然、
シュレックは人前に姿をあらわした。
その姿を最初に見たひとは、後に
「その白い塊が羊だと理解するのに
かなりの時間が必要だった」
と語った。

果てしなく伸びた毛の重さで
身動きがとれなくなったシュレックは
久しぶりに毛を刈られると、
今度はからだが軽くなりすぎて、
うまく歩けなくなった。
刈り取られた毛は27キロあり、
その素晴らしいメリノウールで、
高級紳士用スーツが10着作られたという。

妻は羊の話をするとき、いつもこう言う。
「まっちゃんは羊飼いになればいいよ。
まっちゃんが育てた羊の毛で
私は作品をつくるの」

それはとてもいい考えだと僕は笑う。
そして、しみじみと思う。

どんな娯楽よりも、
妻と話すことがいちばん楽しい、と。