春の祈り。

第2期(2012年4月-5月)

 
春の匂いがする。
雪どけ水は新たな生命を育むために山から川へと流れだす。
雪深い土地の山菜は柔らかく味がよいのだと祖母はいっていた。
おばあちゃんっ子だったぼくは、子供の頃よく一緒に山を駆けずり回ったものだ。
思い出はいつの間にか祖母の記憶から消え去ってしまい、
悲しみは依然この胸をつまらせるけれど、
ぼくは「木の芽」を卵醤油で食すことがなにより好物だ。
その事実がすべては幻ではないことを決定づける。

春の匂いがする。
5月も半ばになれば田植えがはじまる。
父は米を愛し、歌を愛し、酒を愛した。
米は父に夢と希望を見させ、母に諦めることと労力を求めた。
歌は母に恋心を伝え、ついでに浮気心も伝えた。
酒は父に別人になる術を教え、家族に苦しみを与えた。
でも、堅実で陽気で優しい父。
家族のために働き続けた。
家族こそがすべてだった。
ぼくは、それを理解するのに30年かかった。
定年した父から一昨年の今頃、葉書がきた。
「父さんは、春がいちばん好きです。なにか新しいことがはじまるような気がして。そろそろ田植えの季節がくるのでワクワクしています。たかひろも元気でがんばって下さい。」

春の匂いがする。
子供のころに住んでいた家。
「お母さんの部屋」と呼ばれていた父と母の寝室。
あたたかい日差しが部屋いっぱいに広がり、ぼくら兄弟がバタバタ騒ぐと光の中で埃が泳いだ。
とても綺麗だった。
とても幸せだった。
黄色いプラスチックでできたロココ調のクシで、母の髪を梳かすと「ありがとう。気持ちいい、気持ちいい。」と大きい口でにっこり微笑んでくれた。
お母さんがこんなに喜んでくれるなら将来は床屋さんになろうと心躍らせた瞬間をおぼえている。

春の匂いがする。
もう少ししたら15時。おやつの時間。珈琲をのむためにヤカンに火をかける。
彼女さんは家計簿をつけながら、
シューベルトの死と乙女にあわせて鼻唄をうたっている。
ぼくは彼女さんの傍らでごろごろしながら写真のことを考える。
人生とはなんだろうか、、はじまりはいつもそこから。
誰もが死へと向かって歩いてゆく。
死が無へと誘う。
意味なんてないのかもしれない。
そっと彼女さんの背中に触れてみる。
「ん~?」とやわらかい声を出す。
ぼくの手を気にとめず、レシートをみながら電卓で計算している。
まあるい気持ちになれる。
意味なんてないのかもしれない。
でも、生きていることは事実。
確かに、痛みも、喜びも、感じている。

春の匂いがする。
桜が散ったら間もなく夏がやってくる。
季節の移ろいはとても早くぼくらの人生の儚さを連想させる。
ぼくは目をとじる。
人が人を愛せるように。
世界が平和でありますように、と。