1時間46分12秒

第2期(2012年4月-5月)

 

先日、朝弘さんと森山さんからアパートメントの住人にならないかと声をかけて頂いた時からある日のことを思い出していた。

僕は本棚から1通の封筒を取り出す。
数年前に友人から送られてきたもの。中には1時間46分12秒の記録が印刷された9枚のコピー用紙が入っている。

今でもよく覚えている。季節はちょうど今くらい。よく晴れた土曜の午後、銀座のAUX BACCHNALES、花粉に鼻をつまらせた友人2人と僕との3人で話合いの場を設けた。当時、僕らは写真雑誌を作ろうとしていた。だが、数回のミーティングと撮影をしたのち、様々な理由でこのまま続けていけるものかどうか疑問が出てきたのだ。
友人の1人がレコーダーをテーブルに置く。聞くと、インタビュー形式の作品をつくるために購入してきたのだという。試しで録音したいというので気にせず喋り始めた。
後日それを文章におこし僕に送ってくれたのだった。

久しぶりに読み返してみると、「ああ、こんなこと話してたな」「口癖変わってないな」なんて思っていたのだけど、後半に差し掛かるとハッとさせられた。

この話合いの結果、雑誌をつくるプロジェクトは中止となる。大きな理由は主催者である友人の気持ちの変化だった。当初、僕らは簡単に言ってしまえば面白さを目指していた。ユーモラスでちょっと変で頁をめくる度にクスっと笑えるような写真雑誌。

白紙に戻したいと告げる時、友人はこう切り出している。
「いま日本は平和だけど、世界的に考えて平和じゃないっていうのはあるじゃない」
その時、僕は「そうですね。な、なんの話ですか?」と笑っている。
写真と社会との関係性を全く見いだせていないのだ。その事実がショックだった。
そして友人はこう続けている。
「いま日本で原爆落とされたら大惨事になるわけじゃない。そのときこの雑誌を続けていくっていうとまた違うじゃない。911以降で作るものが変わった人もいると思うんだよね。いままではこういうことをしてきたけど、今は出せる世の中じゃないっていう。世界とかみてると、そういう気がすごくするんだよね。」

頓挫してしまったけれど、あのプロジェクトは、人と、社会と、そして人生と向き合いながら写真することを結びつけてくれた。そのきっかけだった。1時間46分12秒の記録が思い出せてくれた。
プロジェクト名はフォト・アパートメント。アパートメントの住人が織り成す創られた日常を雑誌にするっていうのがコンセプトだったかな。

そして今回このアパートメントの住人になる誘いをうけ、不思議な縁にひとり感慨にひたっている。
過ぎてしまうと夢のように不確かになってしまう毎日だけど、僕にとって言葉を残すことは、途切れることのないように明日へ繋げる作業なんじゃないかと思えるようになってきた今日このごろ。このアパートメントもそういう場になればとても嬉しい。
元来、執筆が苦手な僕ですのでたいしたことは書けませんが、しばしの間よろしくお願いします。

※写真は1時間46分12秒に対しての今現在の僕の答え。