イーゼルの脚、砂漠の民

第3期(2012年6月-7月)

とかく夏の命は短く燃えるものなんだと、気付いたのはいつの事だっただろうか。梅雨が明ければあっけらかんとした顔でそこに居て、ふとしたら荒野のオオカミのように音もなく過ぎ去っている。元来わたしは夏がきらいだった。夏服の似合わないわたしはどうにもいたたまれず逃出したくなるし、冷房の風に当たればお腹をこわす始末である。なんとも情けなく、わたしは身も世もはかなみたくなるほど悲しくなった。そんな夏嫌いのわたしが、いつしか夏の訪れを心待ちにしているようになったのはどういうわけだ。生い茂る緑も、照り付く日ざしも、大粒の汗も、蝉のジリジリ鳴く声も、麻がらを焚いた匂いも、なにもかもが愛おしい。とかく夏の命は短く燃えるものなんだと、気付いたのはいつの事だっただろうか。

否定することばかりをしてきたな、とおもった。わたしはわたしを否定しつづけてきた。脳みそを絞り直感を信じ、ひたむきにわたしを削っていった。その作業は歓びだった。わたしを削ってゆく度にわたしは鋭くひかめくように感じた。その作業は冷血だった。わたしを削ってゆく度にわたしは憧れも思い出も感傷も棄ててきたようにおもう。そうして最後に、どうしても削ることの出来ないもの、捨てることの出来ないものが残った。それだけ在れば十分だとおもっていた。小さな生活を望んでいた。沢山のものを、かばんに詰め込んで、うんうんうめきながら歩くよりは、ほんの僅かな「確信のあるもの」だけを持って歩くほうがより遠くまで疲れないで辿り着けるのだとおもっていた。そう信じて歩いてきた。

随分とひさしぶりに絵を描いた。もうずっと絵からは離れていた。わたしには食べていくために身に付けなければならない様々な事柄があった。絵を描いてもお腹が空くだけで、描き上げても一銭にもならない。わたしには絵を描く才能はなかった。時間に限りがあることをいつからか意識し始めた。たのしむ為だけの絵に時間をかけることは出来なかった。わたしにはもっと先に優先するべき事柄が山積みだったからだ。習得しなければならない技術と知識がうんとあった。わたしは合理的判断を下した。絵を描くことはわたしの手を離れた。わたしはそれを追わなかった。

そうして一年経って、二年経って、わたしは不安になったのだ。わたしの生活は先細りする一方だった。わたしの心は増々意固地になっていた。いつだったか先生に言われた。
「きみはね、多くのことに、手を出し過ぎる。人生でやり遂げられることは少ないから、やることを、絞った方がいい。」
わたしはその時は、そんなものかもしれないな、と大して疑わなかった。人生は短い。効率良く行動するべきだ。そんな事は百も承知である。とるべき道が何なのか、分かっているならそれだけを注視して進めばいい。ほんとうに? それは正しい見極め?
でもね、先生、今のわたしはこう答えます。
「先生、合理的な生き方なんて下だらない。わたしたちはもっと不毛なことをやりましょう。」
わたしはそう宣言して、一枚の絵を描いた。