センテンス

第3期(2012年6月-7月)

 

 

 

 

曰く、蜜同様に毒も愛せ。

「私は生まれたときに、一ばん出世していた。」、と太宰さんが言っていたけれど、それについてまったく同じことを、わたしもおもっている。わたしは母の子宮からとり出され、オギャア、と声をあげたときこそ、生涯で、一ばん晴れ晴れしい人間だったんじゃないかしら。両親親戚一同から祝福され泣き笑いされ、無事に生まれて、よかったね、とお酒を呑み交わしたりしたそうだ。上の兄も、喜んだだろう。姉はまだ二つだったから、分からなかったかもしれない。
どんな人間ですかと訊かれたら、めんどうくさがりな人間ですと答えます。てきとうな栞がみつからないので、線香花火を読みかけの本に挟んでいます。

雨のなかを
普段どおりの靴で歩いていて、引き返せない所まで来てしまった。
丸ノ内線の電車内の片隅の席で
座っている女の
床に落としている、失望した
という視線
わたしには
彼女が何を叫んでいるのか分からない。
誤解する権利を使って、
誤解もされるという事実に見ない振りをしている。

 

 

(「あなたはほんとうのことを一つもはなさない。」「うん、そうだね。」

「全部頭の中で完結しているんだよ。伝える気がないんでしょう。」「そんなのは下だらない。」)

 

 

恩も怨も、胸の内にかかえきれない程であふれそう。皮膚から滲んで汗となった気持ちに気付かれるのがおそろしくて握手をもとめられるとまごついてしまう。抱擁したいのはからだではなくて、いつだって精神のほう。わたしを恨んだひとはいま他の誰かの幸せを祈っていられればいいし、わたしがひとを妬んだ分、これから誰かの幸せを願えればいい。恩も怨も、ひとの間を回り回って、踊っていればいいんだわ。以前からおもっていることを、改めてここに書き記しました。

空をみていた気がしますが、記憶違いかもしれません。
海をみていた気がしますが、記憶違いかもしれません。
愛していますと言いましたが、勘違いかもしれません。
名前のない関係だけを信じています。

 

 

たぶん雨、のようなものが

ふっているその下を、傘、たぶん傘だった ひらいている

地上は炭酸水のプール
になってしまっている
魚は陸揚げされても 死なない 死なない? 六月
夏至 こんなにも外が薄暗い、
雨ばかりふっている天をふり仰いで、
空なのか海なのか、どちらでもよいことのようにおもう。
どちらにしたって、覚えてもいない時間でしょうから。
雨が一晩中窓にヒステリー
をぶつけて天気予報士はロボットなんじゃないかって、そんなの知らない。

 

 

生活の中の一つ一つが、こんなにも重労働だとは知らなかった。骨の折れることばかり、骨折したら捨てられてしまう傘のような人生があるんだろうなって、世界には一度の失敗で死んでしまう人が大勢いる。幸運なことにわたしは死なずに生きてこれました。

失敗ばかり重ねてきた。いまも失敗ばかりしている。下手くそな作品をつくっては、やぶって捨てている。これからも、失敗するだろう。その覚悟は、出来ているつもりです。