夏野菜

第3期(2012年6月-7月)

 

 

 

 

大気は湿り気を帯び木々の葉はいっそう緑が深まって、とりわけ濃くあざやかな銀杏の青が眼に染みる。途すがらふと眼に留まる、まだ小ぶりな紫陽花が初夏の到来と梅雨入りを告げ、雨を吸うのも心地好い。
七十二候では芒種の腐草為蛍を迎えるのもそう遠くない日のこと、源氏蛍や平家蛍などの水生の種は水草や西瓜の香りがあると聞くが、蛍をみたことのないわたしは想像する香りをたのしんでいる。

市中は物のにほいや夏の月

凡兆の佳句である。
夏は香る季節だ。さまざまな溢れかえる匂いが鼻腔をくすぐる度に記憶は鋭い力で押されるようにして過去へ向かい、急にいきいきとあざやかに思い出されて来て、胸がこげるようで、昔なつかしい心に誘われます。そうして、香りと記憶の結び目を年を重ねるごとに固くする。

土曜日の半日授業を終え、大粒の汗を鼻先から落として家に帰ると家族全員で食卓を囲んでおそうめんを食べる。夏の土曜日のお昼はおそうめんと決まっていた。一枚の大皿にたぷんと盛られたおそうめんの上に氷が散りばめられていて、涼やかだ。いただきます、の声のあと、いっせいに箸がゆき交う。あっという間に大皿のおそうめんはなくなる。わあっと笑う。なんてことのない、何も特別でない、食事の風景である。わたしが十くらいの頃の話だ。以来、家族が揃って食事をするという風景は、ぷつん、となくなった。おそうめんは、家族の食事なのだ。ひとりでするのは、わびしいものです。

人生に於ける食事の回数は有限なのだと、今更ながらにあたりまえの事実に気付いて、一回の食事を大事に使いたいとおもう日々。台所に立つ時間を物惜しみしてはならない。それはやがて、形としての結果に現れるのだろうとおもいます。香り高く、豊かに実った夏野菜が出回る季節の訪れに、心嬉しく弾んでいる。食事の匂いも、思い出となるように暮らしたい。

この度は縁あって、アパートメントの住人となりました。おひまの折に、読んでみてください。