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2F/当番ノート

コレカラスムバショ

当番ノート 第4期

札幌には「テレビ塔」という、地方にある東京タワー、それよりもう少し思い入れの足りないような、それでいて札幌の街の中で起点的場所にこの昭和の電波の鉄塔がある。時代の人々の気まぐれや、季節の夜な夜なに光に色を染められたりしながら、やはりでもあそこに行ったことがあるとか、ないとか、近くまではとか、地下までは当然ね、などと言われながら、昔の面影の中に忘れ過ごされて行った思い出に耐え忍ぶようにとつり、大通り西1丁目に立っている。

そこから、まっすぐ西に、10丁目、18丁目と、僕の足で20分程歩いてくると円山という土地になり、僕はこの界隈に住んできた。何年も円山にいたけれど、気に入ってそうしてこられたけれど、もうすぐ、きっと雪の降る前には引っ越さねばならない。そう決めたのだから。

これから引っ越す先は、円山よりもずっとずっと西の方で、山側の地区で、その山並みに沿う幹線道路から、山に向かって伸びてゆくバス通りを抜けると、空が広く雲も存分に見え、空気も澄んでゆったりへと行き着くような坂道の山際。住宅地である一帯には信号機や横断歩道などはない。すぐそこの山にそっと入り、季節を誤れば羆や蝮の類がいる。僕はそこをコレカラスムバショにした。

きのうは円山にある、「円山」という山に登ってきた。この山の方の「円山」は標高225メートルで、「テレビ塔」の高さは147メートル。僕がこれから引っ越す先は、凡そ海抜120メートルのところにある。
日の暮れる前に、コレカラスムバショの界隈を探索していたら、札幌の街が茜色とも黄金色とも言い得ぬ紅く染まっているのを見渡せた。何処にも帰っていないのに、何処かに帰ってきたような懐かしいとも美し過ぎるともいえないのに、想いを馳せる瞬間が連続しているような、きのう抱いた感慨を大事にしたいと思う。
 
 
円山には公園があるし、山の方の「円山」には原始林があるから、僕はきっと、今までよりは少し回数少なく、それでも、こそりこそりと紅葉の時にも、真冬の時にも、春漸うの時にも、きのうの様に夏の残っている時にも円山に遊びに来るだろう。

毎週金曜日には、原発の再稼働反対活動でもある、反原発抗議行動が行われている北海道庁の近くに、僕の職場はある。「テレビ塔」から近いところにある。行きや帰りにテレビ塔のある「大通り」をよく歩くので、昭和の鉄塔の姿を忘れてしまうことは無いと思う。

コレカラスムバショは、通勤に今までの三倍以上の時間がかかるその分、時間という枠組みの余裕は少ないかも知れない。円山の方や、札幌の街、その中にテレビ塔をかすかに見渡せる場所から毎日、それよりもっと遠くも想って、坂道を、バスの中を、地下鉄を、地下歩行空間を、街路樹の街並みを、きょうの「ここ」へと向かったり、僕の「ここ」へと帰ってきたりをしたいと思う。
 
 
きのうの昼間、「円山」の原始林の中を歩いて、コレカラスムバショのことを考えていた。

燦々の光と風の中を歩きながら何枚も写真を撮ったのだけれど、ふと気付くと足が止まっていて、地面の、踏み抜かれた、或いは道の脇の影の、誰にもどうでもいいことを撮っていて、時に希望的な言葉を並べているだけの薄っぺらな僕は、その証拠にこういう写真を撮っているのだから、なんとも具体の無い不分明をどうしたって、何処に住んだって、コレカラスムバショでも、きっとこういう写真も撮り続けるのだろうと思う。

蒔山 まさかづ

蒔山 まさかづ

叩きつくせない音楽と
ゆるすかぎりの野営を愛しながら
北海道在住

Masakazu Chiba f.k.a. Masakadu Makiyama

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