ラジオ 第七話「探す」

第7期(2013年2月-3月)

 朝の淡い光の中で、小さなうさぎたちは思い思いに散らばり、草を食むでも眠るでもなく、ただじっとうずくまっていた。
 彼は作業机に向かい、うさぎのラジオを眺めながら腕を組んだ。そうして、なぜ、と考える。なぜ自分の作ったラジオでは彼女の放送が聴けないのだろう。なぜ彼女の残していったラジオでしか聴けないのだろう。自分の作ったラジオになにか問題があるのだろうか。あるいは彼女のラジオになにか特別な仕掛けがあるのだろうか。彼は腕をほどき、彼女のラジオを机の端に寄せた。残りのラジオを反対の端に集め、群れから一台取り出した。二台を並べ、見比べる。外見は同じだ。見分けがつかない。
 彼は引き出しを開けてドライバーを取り出した。一台ずつ腹のねじを外してカバーを外し、二台の中身を見比べる。基板、スピーカー、アンテナ。意外といえば意外だ。違いはほとんどなかった。彼の作ったものの方がいくらかはんだが多く、そのために不恰好ではあるが、それだけだ。ほかに違いは見当たらない。彼は小さな声でうなった。それだけの違いで機能に影響が出るとは思えない。彼は何度もくり返し、二台のラジオを細かに比べた。しかし使っているパーツも、それらの配置も配線も、異なるところは見出せない。彼はふたたび腕を組み、ため息をついた。なぜだ、と声に出してみたが、返事はない。声はどこにも届かない。群れのうさぎたちはじっとうずくまったまま解体された二羽を静かに見守っていて、耳を動かしもしない。

 順調そうですね。

 夜、彼が食堂に入ると、二人の燕尾服の男が彼に声をかけた。
 いえ、と彼は短く答えた。それから二人に背を向けて椅子に座り、そう見えるのだろうな、と考えた。彼は食堂に来る前に倉庫に寄り、作ったラジオを引き渡すのではなく、部品の追加を頼んだのだった。今日だけで十二台組み立て、はじめに部屋に用意されていた部品をすべて使い切ったのだ。二台の比較を無為に終えてラジオのカバーを元に戻したあと、ひたすら作りつづけた。闇雲に速く作ったわけでもなかった。一つ一つの手順を吟味し、そうでなければならない理由を考えた。そうでなくてもいい可能性を考えた。可能なら順序を入れ替え、違うやりかたがあるようなら試してみた。それぞれの工程において個々の部品がどのような関係のもとに配置され、その関係がのちの工程にどのような影響を及ぼし、どのように変化するかを見極めた。そうやってその構造を、機能を、本質を、共時的に、通時的に理解するよう努めた。手に取るように分かってくると、理解は掌握に、そして支配に移行した。彼はそのようにしてラジオを作りつづけたのだった。作った台数や仕上がりを見れば順調に見えなくもないだろう。だが、彼自身は到底そう思えなかった。依然、朝の疑問に対する回答を得ていないのだ。ラジオの中のあらゆる空間も、あらゆる時間も、隅々まで我がものにしたというのに。
 彼は部屋に戻り、息をついた。食堂に彼女はいなかった。いれば話ができただろうか。なにかヒントをもらえただろうか。しかし、と彼は思った。会えなかったのだから仕方がない。それに、今、手元に十五台の候補がある。昨日試さなかった三台と、今日作った十二台。この中に偶然うまくできたものがあるかもしれない。未知のメカニズムがうまく作用するものがあるかもしれない。かすかな希望だが、彼には明るく光って見えるようだった。
 放送の時間だ。
 彼は彼女のラジオと自分の作った最も新しいラジオのスイッチを入れ、彼女の声が聞こえてくるのを待ち、そのうちに、おかしい、と思う。一向に聞こえてこない。どちらからも聞こえてこないのだ。おかしいな、と彼は思った。自分の作ったものから聞こえないのはまだいい。だが彼女のラジオからも聞こえないのだ。彼は彼女のラジオのスイッチを一旦切り、三秒ほど間を取って入れなおした。うさぎの目のダイヤルをゆっくりと回す。端から端へ、ゆっくりと。目を閉じ、耳を澄まし、ノイズのせせらぎに意識を集中した。息を凝らし、彼女の声を探した。彼女の気配を探した。諦めきれずに、もう二度くり返した。だが聞こえない。聞こえるものは小さな沢であり、ときに滝になるノイズと、そこを流れ去るポップ・ソングの切れ端だけだ。彼女の声は聞こえない。彼は不意に息を詰まらせ、焦りながら呼吸をした。それから考えを巡らせようとした。そのあいだに自分の作ったラジオを一台ずつ試していくことにしたが、すべてに不合格の判定をするまでになにかまとまった考えを得ることはできなかった。
 とにかく、彼女のラジオからも彼女の声が聞こえなくなったのだ。昨晩は聞こえたものが、今は聞こえない。
 彼は両手を机の上にほったらかしにしたまま、うさぎのラジオの群れを眺めた。うさぎのラジオは一様にまん丸な目を彼を向けていた。どれが彼女のラジオか、彼には区別がつかなくなりそうだ。どのラジオからも彼女の放送が聞こえないことは確かだが、ひょっとすると、昨夜か、今朝か、彼女のラジオを別のものと取り違えていたのかもしれない。根拠はないが一度そう思うと否定できないためか、変に都合がいいためか、それが思考の中心に居座ってしまった。つまり、今朝は間抜けにも自分の作ったもの同士を見比べ、そのために違いを見出せなかったのだ。すると、すべて自分の作ったものだと思っていた群れの中に、未知の機構を抱え込んだ彼女のラジオがまぎれていることになる。
 そして単に今夜は放送をしていないだけなのかもしれない。
 根拠のまったくない仮定を二つ置くという愚かさにも関わらず、そうか、と口に出し、彼は部屋を出た。放送局へ行けば、そこで彼女が放送しているかどうか分かる。彼はそう考えた。放送局の場所は分からないが、この建物の中にあると彼女は言ったのだ。端から探していけばすぐに見つかるだろう。
 彼は薄暗い廊下を早足で歩いた。廊下は奇妙なほど静かだった。完全な暗闇における光のように、音という概念が欠落しているようだった。歩きながら窓に目をやるが、そもそも明かりのついている部屋はほとんどなかった。彼の部屋の次は六室とばして階段の手前の部屋だった。すばやく窓を見ると、中では二人の燕尾服の男がオセロをしているらしかった。彼は気づかれないうちに先へ進み、階段を駆け下りた。一階では明かりのついている部屋は食堂だけだった。二階にも、一階にも、暗い部屋にはカーテンさえなかった。人の気配がなかった。だれもいないのか、と彼はつぶやいた。彼はほとんど走って階段を上り、自分の部屋の前まで戻ってきた。そこから廊下の突き当たりまでの数室で終わりだ。
 隣の部屋のドアが開いて、彼女が出てきた。
 隣だったんだ、と彼はつぶやいた。少し息が切れている。
 彼女は笑顔を見せた。
 放送は、と彼は言うが、彼女はなにも答えず彼に歩み寄った。