ラジオ 第六話「焚き火」

第7期(2013年2月-3月)

 彼女の声はなぜ自分の作ったラジオから聞こえないのか、なぜ彼女の残していったものからは聞こえるのか。彼はそれを考えない。後回しだ、と考えた。
 彼は耳を澄ました。彼女の声の背後に波の音が聞こえる。静かに火が燃える音も聞こえる。薪のはぜる音。それから彼女の声。渋い声を作っていた。

 なぜこんなところで焚き火をしているんだね。

 旅人が僕にそう言った。旅人はフードを深くかぶっていて、顔が分からない。焚き火の小さな炎は、少し離れて座っている旅人の焦げ茶色のフードを淡く照らすだけだ。
 そちらこそ、と僕は言った。こんなところに、なにをしに来たんですか。
 旅の途中だよ、と旅人は答えた。わたしは旅人だからね。
 僕は黙って焚き火に細い薪を一本放り込んだ。炎は夜の底をかすかに赤く染めている。
 ここ、灯台なんですよ。僕は答えた。建物は壊れてしまいましたけどね。でも、どうせ集光レンズは使わないように言われているから、焚き火でいいんです。
 僕は話を続けた。
 ひと月ぐらい前かな、きつねの士官とねずみの兵士がやって来たんですよ。ねずみの兵士は気の荒いやつで、僕の顔を見るなり、おい、ぶた野郎って僕をどやすんです。そりゃ確かに、僕はぶたですがね。ぶひ、ぶひ。で、きつねの士官が命令で、集光レンズを撤去するよう言ったんです。でも、そんなことをしたら船が困るでしょう。僕がそう言うと、すかさずねずみがどなりだして、で、きつねがそれを制して、むざむざ敵の道案内をすることはないって。敵の空飛ぶむかでが町を目指すときに灯台の光を目印にしていたらしくて、それを防ぐために空から見えづらくしろということだったんです。
 その日の夕方に集光レンズを外していると、うさぎの女の子がひどくがっかりしましたね。あの子は灯台が海を照らすのが好きだったんです。それで僕もなんだかがっかりしました。あの子は砂漠から、僕と一緒にこの岬にやって来たんです。僕はもともと兵隊で砂漠の前線にいたんですけど、けがをしちゃって。ほら、この手。ばかみたいな理由で、僕が食事当番でじゃがいもの皮を剥いていたとき、後ろでいぬとさるがけんかを始めて、どちらかが勢い余って僕にぶつかってきたんです。だから利き手は無事でした。そりゃ痛かったけど、おかげで前線を抜けられたし、灯台の仕事ももらえたし、かえってついていたのかもしれませんね、うん。うさぎの女の子には、帰還の途中、砂漠で会いました。あの子がひとりで朦朧としながら砂漠を歩いていて、行くあても帰るところもないというので、連れてきたんです。はじめは弱っていましたが、灯台に来たらだんだん元気になりはじめました。それが僕にもなんだか嬉しくて、結局どうしてひとりで歩いていたのかは聞けずじまいでした。なんというかね、いやなことを思い出させたくなくて。だって、元気になったあの子はね、本当にかわいらしかったんです。
 僕は週に一度、近くの港町に買い出しに行くことになっていたんです。そこへ、ときどきあの子も連れて行きました。あの子は丘の上のカフェが好きでしたね、見晴らしがいいからって。僕も好きでしたよ。どんぐりのケーキがおいしかったな。港町ではね、食料品店のたぬきのおやじも、燃料商のもぐらも、みんなよくしてくれていたんですよ。だから楽しい仕事でした。そうだ、あの子に手回しラジオを買ってあげたこともあったな、なまずの電器屋で。僕が買い出しで出かけているあいだに退屈をしないようにと思ってね。それも気に入ってくれましたよ。灯台のベランダに出て、昼も夜も、海を眺めながら聴いていました。
 僕はね、あの子がそんなふうにしているのを見るのが好きだったんです。本当はね、どうして砂漠をひとりで歩いていたのか、本当に帰るところがないいのか、僕は気にしていたんです。会ったときは砂漠の町が戦場になったので逃げてきたのだと思ったんですけど、それならもっと大勢と一緒にいるものでしょう。ほかに逃げているひとたちもいませんでしたし、別の理由だと思うんです。ただ事ではないのは確かですよね。だけど、それを聞いてあの子の顔がくもらせることが、僕にはできなかったんです。心がちょっと引っかかったまま、でもなんとなく楽しくやってたんです。
 うさぎの女の子は、もうここにはいませんよ。灯台が壊されたときに、どこかに避難したんだと思います、見てはいませんが。そのとき僕はここにいなかったんです。集光レンズを外した三日、四日ぐらいあとだったかな。ちょうど買い出しに行っていたんです。そこでね、空飛ぶむかでの襲撃に巻き込まれたんです。町の上で、むかでが恐ろしく長い体をくねらせて、いくつも抱えていた爆弾を次々に落として、建物は崩れるやら燃えるやら、みんなあっちに逃げ、こっちに逃げ、もうパニックです。まったくひどいものでした。僕は灯台に帰りたかったからどうにか町を抜けて、急いで歩きました。昼間に空飛ぶむかでがやって来るなんて聞いたことがありませんでしたが、ひょっとしたら灯台の光が見えなくなったことも関係していたのかも知れませんね。あとは、大した反撃もないだろうとたかをくくっていたか。兵士でもなんでもないひとたちに一方的に攻撃するなんて、怖いやら情けないやら腹が立つやら、いろいろな気持ちが一斉に湧いてきて、目がまわりそうでした。
 入り江の向こうに灯台が小さく見えてきたあたりで、その上の空をむかでが悠々と旋回して、たぶん港町をすっかり痛めつけたあとに余ったものだと思いますが、爆弾を一つ落としていきました。小さな黒い点がゆっくり落ちて、ゆっくり光って、ゆっくり破裂しました。それで、まるで手品みたいに灯台が見えなくなったんです。そのあとに、雷みたいな音が聞こえてきました。僕は頭がまっ白になって、ぶひ、ぶひって叫びながら走りました。
 灯台まで戻ってみると、そこは白いがれきの山でした。はじめは、その中にうさぎの女の子が埋まっているかもしれないと思って、僕は必死で呼びかけて、探しました。でも返事はないし、僕ひとりでどかすことのできるがれきなんてたかが知れているし、いくら探してもうさぎの女の子は見つかりませんでした。でもね、きっと無事です。今どこにいるのかは分かりませんが、無事なんです、本当に。そりゃ僕だって、そのときはもうだめだって思いましたよ。死んじゃったんだって、僕がこんなところに連れてきたばっかりにって思いましたよ。
 足元にね、あの子のラジオが落ちていたんです。拾って、スイッチを入れてみたら、そうしたらね、聞こえてきたんですよ。うさぎの声が。それで、僕に、灯台の光を絶やさずにいるように言ったんです。いつでも聞けますよ。聞いてみますか。

 きみは灯台を建て直さなければならない。

 出し抜けに、旅人が言いました。もちろん集光レンズも。だから、一度ここから旅立たなければならない。
 そんなこと、いきなり言われても、僕は、ぶひ、ぶひ。
 スピーカーの向こうで急に焚き火の音が大きくなって、彼女の声も波の音も火の向こうに消えて、炎が空気を焼き薪がはぜる音が続き、途絶えた。
 彼は少しのあいだノイズもない無音を聴いていたが、やがてラジオを切った。