黄金の木、黄金の平原

第8期(2013年4月-5月)

ここ最近、黄金比のことが気になって何冊か本を読んでいます。
黄金比は、自然物にも人工物にもそこらここらに見いだされ、また意図的に使用されてきた特別な比率です。

巻貝の螺旋、古代の石盤、人体、和音、紫禁城、水星と地球の距離。
私たちは部分の集合体でありながら集合体の部分でもあるということ。

自然界にあらわれる数学をテーマにした文章を読むとき、しばしば最後に行き着くのは神の概念です。
この世界には、もしかしたら設計者がいるのではないだろうか。

高校三年生、生物の授業でした。

その授業では植物の屈光性、屈地性に関わる植物ホルモンの話をしていました。そのホルモンは植物の茎と根にあり、光を避ける性質があります。さらにそのホルモンには茎を成長させるはたらきがあり、光を避けて茎の影側に集まったホルモンは影側の成長を促し、結果、日の当たる方向に植物の先端を向けることになります。これが屈光性です。
しかし、根にある同じホルモンは逆に茎の成長を遅らせます。すると今度は根の光が当たるほうが成長するので、根っこは太陽と逆、地面に潜っていくのです。これが屈地性です。

この授業があった日の夕方、ひとり帰りながらその日の授業を反芻し、ある考えを唐突に抱きました。
この植物性ホルモンを用意できるのは、太陽と植物を同時に観察できる第三者だけではないだろうかと。
神様がいるのかもしれない、と考えながら駅までの坂道を下りました。