あの日とは別の同じ

第9期(2013年6月-7月)

あの人は別の
 夏、夏、夏日。昼下がりの太い気温。指にたとえたら、ごっつい親指の腹みたいな。職人さんとか、親方とか、そういう人の強い指。
 私の指はきれいに動く。仰向けで、板の間の床に背中の全部をつけて、指先まで反らせてみた。
 天井には海岸線のようなシミがある。海面が上昇したように、去年よりも範囲を広げているような気がする。
 扇風機が顔を振り、電灯から下がっている紐についた天体が、ちいさな楕円軌道を描いている。

 私が背中をくっつけた板の間は、床板から柱に、柱から基礎に、基礎は土地につながって、地面はどこかの国境に、国境は深海に沈んで深い地盤、やがて巨大な湾曲を知って、この惑星になっているから、私も地球だ。
 もうこんな夏日だから、私はわたしの体の重さを、星そのものにぜんぶ預けてた。平気。

 裏庭まで全開の窓サッシ。明るいそこを通して「もう置いてっちゃうからね」という母親らしき声と、子どもの泣く声がする。もう知らないからの声にかぶせて、もっと大きな、「いやあだ」という泣き声が行き来している。日傘のつくる小さな無音を、きっとお母さんのサンダルが踏んでる。

 路地を通り抜けていく、いろんな夏がある。

 もう、夏なのか。私はまだ、去年浴衣の中につけてたのと変わらない下着でいる。路地を過ぎていく下駄の音が、みんなペアを組んでいる。それをなんて呼ぶのか知らないけど、お祭りを知らせる乾いた音の花火が上がっている。むかしの私が発したような、「いってきます」の声も、「わあ、それ、かわいい」の声もする。

 私は、星にいる。
 ここから全部は見えないけれど、地面は球体なんだし、ここが夏なら、どこかの国はまだ春のはずで、ここが昼なら、どこかがいま夜のはずで、つながっている。地面から柱、柱から床板、床板から背中を伝って、私へも。
 私の背中は、どこかの雨季や、どこかの雪解け水や、どこかで去年の、あの夏祭りの、ふんわりとした提灯の灯りのなか、浴衣の裾を折って君の隣りに座った日に、つながって、いたって、いいのに。

「あんた浴衣どうするの」と、ぜんぶ台無しなお姉ちゃんの一言で、横になったまま体を回した。床板にくるぶしをごつんとぶつけた。ぞっとするくらい遠い私の足先が目に入った。
「着る」というと、「背、すぐ伸びすぎなんだよ」と、ぶつぶつ言いながら、お姉ちゃんはタンスのある部屋へ戻っていった。
 私の足の先までの、あんなにどうしようもない遠さ。去年の夏が、地平線の向こう側に沈んでいく。くるぶしをぶつけた、今年の私の、体で一番遠くの、岬のようなラインの先に。
 あの日とは別の同じお祭りが、私をのせて今年に来ている。