「あたたかさ」のベクトル -前編-

第10期(2013年8月-9月)

東京駅八重洲南口の高速バス8番乗り場は、発車1分前だった。
「すっすいません予約してないんですけど、、、(私にできる最上級の切ない顔で)」
「おおおもう出ちゃうから乗りな! 前の席、空いてるから」

今回もなかなかの滑り込み乗車だった。去年予約システムが変わってからというもの、多くのひとがダブル、いやトリプルブッキングをするようになった。そのため必ずと言っていいほどキャンセルが出るので、予約せずともたいてい乗ることができる。私はウェブの予約システムが苦手だ。電話なら一発で済むのに、見づらいインターフェースのなか個人情報の登録やらなにやらで非常に手間がかかる。そしてなにより、IDとパスワードをすぐ忘れてしまうのだ。まぁこんなのただの言い訳にすぎないのだけれど。ネット社会に適応できていない。辛い。

東京駅から高速バスでちょうど3時間。今じゃ知らないひとの方が少ないであろう福島県いわき市は、みなが思っているよりも近いところにある。

バスに乗り込んでからは、OGRE YOU ASSHOLEのロープという曲を繰り返し聴いた。一曲13分。この長さにも関わらずまったく退屈しないのは、OGRE YOU ASSHOLEもしくはシガーロスのどちらかだと思っている。
運転手さんの少しだけ訛った優しい声を聞くと安心する。「あぁこれから帰るんだ、帰れるんだ」と思う。隣の男性は、イヤホンから流れているのであろう音楽に合わせて指を動かしている。

途中の友部サービスエリアで、「10分間の休憩」がある。私はこの「10分間の休憩」が好きだ。10分という時間は日常生活の中でも頻繁に使われるが、こんなに適切な10分にはそうそう出会えないなぁと思う。お土産を買うひと、トイレに走るひと、そして車内で夢の中なひと。私は「空腹の兎は飛ぶ」などと関係のないツイートをしながら(『ハングリー・ラビット』の決まり文句である)、煙草に火をつける。この場所で吸う煙草は特別に美味しい。
休憩後はすっかり眠ってしまって、運転手さんの「まもなくいわき駅、終点です」というアナウンスで目が覚めた。窓の外に目をやると見慣れた景色が広がっていて、「あぁ帰ってきた、帰ってきたんだ」と思う。

駅に到着してから、今も連絡を取り合う数少ない友人のひとりと待ち合わせをして、お気に入りのラーメン屋で醤油ラーメンを食べた。高校時代、部活帰りによく通ったお店だ。ごくごく普通の、シンプルな醤油ラーメン。あぁ、最高に美味しい。ここのラーメンに入っているたっぷりとしたメンマを見るたびに、以前お付き合いをしていた女の子を思い出す。その女の子は、「メンマって割り箸でできているんだよね」と言ったのだ。あのときは爆笑しながら「たけのこだよバーカ」と即答してしまったけれど、今だったら、「うん、メンマは割り箸でできていると思うよ」と答えるかもしれない。

やっぱりいわきは遊ぶ場所があまりなく、その後は電気量販店のマッサージチェアに座って近況を報告し合った。こういう「遊び」もたまにはいいな。

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こいつは最高のフォトジェニックだと思う。

駅前のドトールに入って——この場所にチェーンの喫茶店ができたことは当時のいわき人にとって革命的できごとだったはずだ——窓際の席に着く。ここのドトールは高校時代よくテスト勉強という名目で友人と入った(この時点で本題を忘れている)。そして駅に吸い込まれて行く女子高生を窓から眺め「あの娘かわいい!」などと盛り上がっていたものだ。
たぶん、私みたいな馬鹿がわんさかいたのだろう。久々に行ったら「勉強目的の高校生お断り」と控えめに書かれた小さな紙が貼ってあった。こんな張り紙を見れるドトールは日本全国を探しまわっても滅多に見つけられないと思う。そして、勉強をしている高校生がたくさんいた。どっちなんだしっかりしろドトール。きっと店長はとても心あたたかなひとだ。「あたたかさ」のベクトルが違う気もするけれど。いいんだ〜私、あたたかいひとが好きだし。

友人と「ほんじゃ、またあとで」と挨拶をして、久しぶりの実家へ帰った。「またあとで」とは言っても、次いつ会うかは分からない。しかし彼とはいつもこの挨拶をする。私はこういうすっきりしない暗黙の了解が好きだ。

家のドアを開けると、母親に続いて父親が「おかえりなさい」と言った。ふたりの「おかえりなさい」はいつもこの静かなトーンだ。安心する。いつもはここで姉がだるそうに「おかえり〜」と言うのだが、そっか、もうこの家にはいないのか。
ふたりとは真逆のテンションを示すのが、トイプードルのウェンディだ。「ワン」と「クゥーン」の間を取ったような、声にならない叫びをもって私の足の間を8の字に走り回る。「うんうんはいはい分かった! 嬉しいのは分かったから!」と言って抱きかかえると、今度は顔面をこれでもかとなめ回してくる。あぁ本当に可愛い。

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この一連の流れを終えて。ここでもやっぱり、「あぁ帰ってきた、帰ってきたんだなぁ」と思うのだった。