お弁当の隅、くりぬかれた人参のような

第10期(2013年8月-9月)

思い入れのある靴がある。
どんな靴か。これでもかと言わんばかりの真っ青なボディに、控えめなオレンジのスウッシュが入ったナイキのエアリフトである。そのオレンジのたたずまいは、いつもお弁当の隅っこに入っている可愛くくりぬかれた人参——お花やら星やら、車のときもあった——のようだった。無いならないで別に困りはしない。人参好きじゃないし。でも、もしもあったらちょっとだけハッピーで、無かったらちょっとだけ寂しい感じ。

高校一年の時、あるおじいちゃん先生に数学を教わっていた。背が低く、いつも覇気のない目をして一点を見つめているひとで、定年を軽く過ぎてるというのに本人の希望で教師を続けていた。
彼は授業に教科書を持ってこなかった。持ってくるのは、三色揃ったぴかぴかのチョークと、指し棒だけ。指し棒の用途は多彩にある。黒板の数式を指すのに大活躍するのはもちろん、時には杖に、時には寝ている生徒を起こすのに使われた。もちろん私も、細長いそれで頭を叩かれた事がある。先っぽには白いボールがついていてちゃんと痛い。彼はたぶんきっと、力加減というものを知らなかった。

ここで私の中での数学の立ち位置について。中学まで数学は一番の得意科目だったのだが、高校に入った瞬間に一番の苦手科目になった。微積分のテストで、生まれて初めて一桁の点数をとった。しかし、確率だけはできた。典型的な文系気質だった。

彼は授業開始時間の2分前にきちんと現れる。しかしすぐに教壇へはあがらず、扉の近くでじっとどこか一点を見つめて待機しているのだった。チャイムと同時に教壇に立ち、こちらに向かって一礼をする。そうしたら、今日の授業内容を説明するわけでも、他の先生のように今朝のニュースの話をするわけでもなく、無言で黒板に数式を書き始める。彼は板書のスピードが以上に速い。そしてとても美しく数式を書く。叩きつけるように書く。「カッカッ」と黒板にチョークが当たる音がとても心地良かった。彼ほど「3」と「9」を速く美しく書く教師はいままで見たことがない。
彼の板書に合わせてすべてを丸写しするひとと、要点だけをまとめてノートに書くひとがいた。私は文字を書くスピードがとても遅いので丸写しなんて到底間に合わないし、要点を瞬時にまとめられるほどの数学的学力もない。なので、ただひたすら眺めることに徹していた。私が彼の書く数式の美しさを一番堪能していたと思う。うんまぁこれは全然自慢にならないのだけれど。

教科書を持ってこないから、授業ではもちろん教科書の内容はやらない。「教科書の内容なんて、自分で読めばわかる。別に俺が教える必要は無い」そう言っていた。その代わりに、彼は授業の大半を証明に使う。それが彼の授業スタイルだった。一つの証明をする際、前の黒板と後ろの黒板をいっぱいに使って、それでも足らなくて、前の黒板に戻ってくる。その度に生徒は身体と机を180度回転させた。机を引きずる音はとてもうるさい。隣のクラスの友人——数学の担当は違う教師だった——に「お前のクラスは何回席替えするんだよ」と言われたほどである。

一通りの証明を板書し終えて、ようやく彼は口を開く。といっても証明の解説をするのはほんの数分で、あとの時間は「人生の教訓のような話」をするのだった。ほとんどの生徒は書き写すのに必死で彼の話など耳に入っていなかっただろう。私はその「人生の教訓のような話」だけは真剣に聴いた。

たしか高校一年の冬のことだ。一通りの証明を板書し終え、彼はいつも通り「人生の教訓のような話」を始めた。そして、真剣な顔で黒板消しを持ち、黒板の中心部に書かれた数式をずばっと消した。それと同時に後ろの方から「あっ」と声が上がった。多分まだ写し終えていなかったのだろう。彼はその声にまったく反応を示さず、おもむろに何かを書き始めた。
そこにはいつもより大きく、そしてとびきり力強い字体で、「自我の確立」と書かれていた。書き終えた彼は満足げな面持ちで「お前たちはこの三年間で自我を確立すること。それができれば数学なんてできなくても生きて行ける」と言い放ち、教室を出て行ったのだった。そのとき女子たちはくすくすと笑っていた。私にはそのひとことが刺さった。

ちょうどその日は私が日直で、その字だけを残して他の数式を綺麗に消した。
「なんであれ、消さないの」真面目な女子が言った。
「いいじゃん、なんか面白いし」と返した。
その日は数学の後に3つ授業があったのだが、どの先生もその字を避けて板書を進めた。良い高校だな、と思った(帰りの掃除でごく普通にその字を消したO君のことはずっと忘れない)。

彼はいつも、シワ一つないスーツに可愛い柄のネクタイ、座った時に見えるネクタイと色の合った靴した、そこにエアリフトという格好で登場した。とてもお洒落なおじいさんだった。「今までいろんな靴を試したけど、エアリフトが一番教壇に立ちやすい」と言っていた。

証明も、服装も、独特の字も、必ず教室に一礼をして去っていくその姿も、全部ひっくるめて彼の授業が楽しみで仕方なかった。そんな彼が、私の卒業式の日にくれた靴がそのエアリフトである。
「おれもお前たちと一緒に卒業することにした。だからこの靴はもう不要だ。お前にやる」

あれから結構な月日が経った。
ねぇ、元気にしてんの、藁谷先生。

FH00002