そのほうがきっと楽しいから

第10期(2013年8月-9月)

「原材料表示」が好きだ。
何か食品を手に取るとき——ポテチの袋を抱えながら、とてもおいしいケチャップに出会ってしまったとき、かちかちのアイスが少し柔らかくなるのを待つときなどなどなど——ついついラベルに書かれた原材料表示に目がいってしまう。これは多分幼少期からの癖のようなもの。ひとりでおやつを食べるときって意外と暇で、その際原材料表示はちょうどいいよみものになる(油分がついてしまうから、スマートフォンをいじるわけにも、本を読むわけにもいかない)。小学生ぐらいの頃、”あれらは含有量の多い順に並んでいる”というのを知って、ものすごく感動したのを良く覚えている。
癖とひとことで言っても、自分にとって原材料表示を読むメリットはちゃんとある。例えば、ラクトアイスみたいに化学調味料てんこもりな原材料の中から増粘多糖類——いかにも身体に悪そうな響きが良い——の文字を見つけたときはとても嬉しくなる。でも今までで原材料表示を巡る一番の快感を味わったのは、今年のはじめのことだ。20歳を迎えて、初めて飲んだ日本酒の美味しさにとろけそうになり思わず原材料表示を見たら、「米」とだけ書かれていたのである。当たり前と言ってしまえばそれまでなのだが、私にはたまらないものだった。ついつい音読してしまったほどだ。「原材料! 米!」この潔さたるや! なんてシンプルでかっこいいんだろう! 

「雨」が好きだ。
しかし雨の日に外へ出るのは大嫌いだ。傘のせいで片手が使えなくなるし、なによりお気に入りのキャンパススニーカーを履けないのが一番辛い。漢字としての「雨」と、眺めるだけもしくは聞こえるだけの雨がとびきり好きなのだ。
「雨」という漢字は、私が好きな漢字ランキングで上位にランクインしている。とてもスタイリッシュな恰好をしていると思うし、ここまでご丁寧に「天気の悪い日に空から降ってくる粒状のあれ」っぽい雰囲気を醸し出している漢字は「雨」しかない。名は体を表すとはこの漢字のためにあるのではないかと思うほどである。疲れきって帰宅し、すぐさまシャワーを浴びる。髪を濡らしたまま簡単な服を着、ベランダに出て吸う煙草は最高に美味しい。それだけでも死にたくなるくらいに快楽だが、プラスアルファ雨が降っていたらなんて気持ちのよいことか。もっと欲を言うならば、まっすぐに優しく落ちる細かい雨であってほしい。ほぼ規則的に落ちる粒の軌道を目で追いかけ、あらゆるものに当たるポコポコだとかカンカンだとかいう音を存分に味わうことができる。この場所なら、身体は雨に濡れることなく、風呂上がりのさっぱりとした心地のままだ。

「本来隠れて見えないはずが見えてしまっている壁」が好きだ。
このことを分かってもらうのはなかなか難しいかもしれない。私もその良さを知らなかった。半年前までは。
半年前のある日、取材で建築家の方と高円寺を散歩していた。彼は少し歩くたびに立ち止まって、「ここは昔暗渠だったんだろうねぇ、たまらないねぇ」だとか「ここのT字。ほら、そのすぐとなりにもT字。クランクになっちゃってるわけだ。かわいいねえ」だとか嬉しそうに言った。その度に私は「(うーんなんとなく分かる気がしないわけでもないけどうーん)ヤバいっすね!」と答えた。「ヤバい」という言い回しはなるべく使わないと決めていたのに、このときばかりは使わざるをえなかった。のど仏まできているのになんだかスッキリしないまま時間が過ぎて行ったのだが、終盤で問題の場所に来た。彼は斜め上を指差し、「あ〜これは見事だ。ちょっとやだ見ないでえ〜っ! って感じだ」と言った。「次はいったいなんだ……」と思い見上げると、そこには古い民家があって、すぐ隣の建物が取り壊された跡があった。そして、取り壊された建物側の民家の壁がむき出しになっていたのだ。本来は隣の建物があるために見えないから、モルタルさえ塗られていない。これが本来見えないはずの壁。衝撃だった。とんでもなくドキドキした。なんなんだあの高揚感は!
あの日以来あらゆる建物をそういう視点で見るようになり、「本来隠れて見えないはずの壁」が見えてしまっているのを発見したら最後、心臓が高鳴って鳴り止まなくなった。
これを読んでドキドキしてしまったならば、私はあなたと仲良くなりたい。
(最近になってあの日彼が言ったいろいろの良さが分かってきた気がする。散歩楽しい)

「喧嘩から仲直りへシフトする場面」が好きだ。
「まばたきがゆっくりなひと」が好きだ。
「スーパーの野菜売り場」が好きだ。
「田舎のヤンキー」が好きだ。
「膝の小さいひと」が好きだ。
「テニスコート」が好きだ。
「ひとつまみ」が好きだ。
「途中の顔」が好きだ。

好きなものはもっともっとたくさんある。だけどここに書くのはこれくらいにしておく。
直接会って話がしたい。そのほうがきっと楽しいから。
話のお供はラムコークとカマンベールチーズがいいな。

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