ヨンシー・ビルギッソンのための -後編-

第10期(2013年8月-9月)

ヨンシー・ビルギッソンのための -前編-

相変わらず左利きに優しくない改札だなぁ。
そんなことを思いながら。左手をクロスさせて定期をかざす。

渋谷にお気に入りの喫茶店があって、そこに入り浸ることが多い。そこはいつ行っても楽しくって、落ち着く。お昼時には太陽の光がたっぷりと入ってくるし、夜になるとキャンドルが置かれて店内が優しい色と香りでいっぱいになる。スタッフも良いひとばかりで、珈琲がとてつもなくおいしい。そしてなにより、店名が良い。ついつい声にだして読みたくなる。どこにあるかは教えない。

もちろん今日もそこにお世話になることにした。アイス珈琲を注文して、端っこから二番目の席に座る。木目の綺麗なテーブルだった。ここは初めて座る席で、ちょうどキッチンがよく見える。変わった形の食器が積み重なり並んでいて、今にも崩れそうな恰好をしていた。初めての席に座るたびに、新しい発見があってとても楽しい。店内の小さなスピーカーからはジャズが流れてる。サクソフォンの重たく抜ける音はなんだか決まりが悪くて、あんまり好きじゃない。

本を開いたまま、店内にいる他のお客さんをざっと見渡してみる(とにもかくにも人間観察が好きである)。角に座っている男性は本を読んでいる。あっ、ちょうど今笑った。何読んでるんだろう。その隣の女性は珈琲片手に煙草を吸っている。キャメル・ホワイトの箱が見える。気が合いそう。またその隣の男性はスーツを着ていて、ひたすらにキーボードを叩いている。乾いたシルバーの本体に白く光るリンゴのロゴがちょっとだけ羨ましい。私の隣のお姉さんたちは、キャスターとアルフォートの組み合わせは最高だって言ってる。うんうん! 私もそう思う。問題はその隣の席の若い女性ふたりだ。すごく騒がしい。あーゆー女性が苦手なのだ。そんなに大きな声を出さなくても聴こえるよって教えてあげたい。

結局今日は人間観察やら今晩のごはんのことばかり考えていたらすっかり時間が過ぎてしまった。グラスの氷はもうほとんど溶けている。だけど、薄まった珈琲もまた嫌いじゃない。というよりむしろ、時間が経った珈琲の、ちょっと寂しい感じが好きなのかもしれない。『アーモンド入りチョコレートのワルツ』は数ページだけ読んだ。こういう日もまた良い。それにしても、エリック・アルフレッド・レスリ・サティ、なんて素敵な名前なんだろう。

喫茶店を出て駅へ向かって歩いていると、懐かしい友人にばったりあった。暑いねって、仕事どうって、少しばかり立ち話をして、彼女は「じゃ、そろそろ行くね。これから帰って『三月のライオン』を観なければならないから」と言って去っていった。日曜の夜に『三月のライオン』だなんて、それも「観なければならない」だなんて、なんだかぐっときてしまった。私もひさびさにあの映画を観たくなった。

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先発とは反対のホームに並び、急行を待つ。『グラスホッパー』を読んだのはもうずいぶん前のことだけれど、未だに先頭に立つのが怖い。「押し屋」が潜んでいるのではないかと、ついつい周りをキョロキョロしてしまう。
なんとか無事に乗車することができた。躓いたけど。
向かいの席には、中学生くらいの男の子とその母親が座っている。母親に買ってもらったのであろうゲーム機の大きな箱を抱えて、イヤホンを付け母からの問いかけを無視する彼。なんだかとても愛おしく見えた。たぶん曲は流れていないのだろうな。反抗期ど真ん中の男の子って、だいたいこんな感じなのだろう。私の地元じゃ車での移動がメインだったけれど、中学生の頃は助手席に座るのすら恥ずかしかった。君にもきっと、親のありがたみに涙するときがきっとくる。がんばれ! 少年! もちろん、これは半分自分に言い聞かせている。

最寄り駅から家までのまっすぐな道には、三色のレンガがぴっちりと敷き詰められている。私はいつも通り、赤いれんがだけは絶対に踏まぬよう歩いた。このことを友人に話したら「小学生かよ」ととことんバカにされたのだが、辞めるつもりはない。極上の一人遊びだと思う。
その途中に、小さなお団子屋さんがある。今日はそこに5歳ぐらいの男の子の姿を見た。いっぱいに背伸びをして、ショーケースの上にお金を置く姿がとびっきり可愛い。無事買えたことがうれしくって、袋ぶんぶん振りながら歩いたりしちゃって。家に着く頃にはみたらしがプラスチックの入れ物から溢れちゃってるんだなきっと。それをお母さんは泣きながらお皿に盛り付ける。多分絶対感動からくる涙なのだろう。気分の良い日はこんな想像がたくさん浮かぶ。

最後の最後でぼーっとして、赤いレンガを踏んでしまったことに罪悪感を感じながら、鍵をガチャガチャと左右にひねって家に入る(未だにどちらにひねれば開くのか把握していない)。ここからはハイ・スピードだ。鞄を放り投げ靴と服を脱ぎ捨て(嘘をついた。鞄だけはやさしく置いて)お風呂に直行する。
今日も赤と青のつまみはいうことをきかない。なかなか適温になってくれないのだ。「あっつっ!」とか「つんめたっ!」とか奮闘していると、DJをするひとのことを思い出す。あのたくさんあるつまみを逐一いじっているひと。あぁあれは多分きっとうちのシャワーのつまみを手懐けるのと同じくらい難しいことなのだなぁ。

そのときの気候や予定によって靴を変える。私はこの行為——というよりも儀式に近い——が好きでたまらない。雨の日には、父にもらったビーンブーツ。撮影のある日にはスニーカー。そして大事な打ち合わせがあるときには、とろっとした黒の革靴。
もちろん、いまから行くスーパーマーケットへは、ビーチサンダルを履いて行く。

晩ご飯はジェノベーゼにしよう。鶏ハラミがたっぷりのっかったやつ。