四人と一匹はリビングで眠る -前編-

第10期(2013年8月-9月)

「今週末は忙しいの」
珍しく正弘さんのほうからメールが届いた。
「昼間は外に出てるけど、夕方には帰るよ。なに、仕事で来るの」
ちょうどスマートホンをいじっていたところだったので、すぐに返信をした。

正弘さんというのは私の父親である。木村家では両親を「パパ、ママ」と呼び、祖父母のことを「神谷のお父さん、お母さん」「盛岡のお母さん、お父さん」と呼ぶ習慣があった。6つ上の姉は、いまも変わらずそう呼んでいるのだと思う。幼い頃はなんの疑問も抱かず、当たり前にそう呼んでいたのだが、小学校の真ん中あたりで周囲の友人との相違に気がついた。その頃から両親を「パパ、ママ」と呼ぶのがなんだか恥ずかしくなり、そのまま反抗期に突入してしまったので、未だにふたりを目の前にするとなんと呼んだら良いのかよくわからない。だからここでは、名前で書いてみることにした。
外では「ちち、はは」とかっこ良く言うことが出来るのになぁ。

正弘さんとのメールでは、互いにクエスチョンマークを使わない。使わなくとも、何となく、というよりも自然と質問なのか主張なのかを理解することが出来る。
こうしてたまに連絡がくると、地元と家族がとても恋しくなるのだ。せっかくだから、家族のことを書こうと思った。

木村家は5人家族だ。優しい父と天然な母、強い姉、私、そして愛犬のウェンディである。

木村家のライフスタイルについて(実家暮らしをしていた頃のことなので現在は少々変化しているかもしれない)。母親の大声(叫びに近い)で3人が目覚める。その起こすタイミングの的確さは遺産ものだ。一番遅くリビングに登場するのはいつも決まって姉で、寝癖が一番芸術的なのもまた姉である。母親以外の三人はほぼ同時に家を出るため、朝食はだいたい一緒にとる。木村家では(だいたいどの家庭でもそうだと思うけれど)5分でも1分でも多く睡眠をとりいかに効率よく朝食を食べ支度をするかにすべてがかかっているため、朝はほぼ会話がない。正弘さんと姉はそれぞれの車へ飛び乗り、私はバス停へと走る。一日のはじまりだ。

正弘さんと姉は仕事を、私は授業と部活を終えて、ほぼ同じタイミングで帰宅する。正弘さんは庭でショートホープを吸い、姉は部屋で彼と電話。私はというと、英語のテキストを開いたまま夕食のことを考えていた。ピアノ教師をしている母親は20時ぐらいまでレッスンがあるため、木村家の夕食は遅めである。

ここで。木村家には謎の睡眠タイムが存在するのだ。夕食後の21時〜23時の間、みんな揃って(もちろん当時飼っていたラブラドールのジャスミンも)リビングで寝る。なにを言う訳でもなく、自然と寝る。まるでルールがあるみたいに。以前途中で姉が目を覚まして、寝ている姿を写真に収めたことがあるのだが、それを観て、4人揃って笑った。みんな同じ恰好で寝ていたのだ。
こういうときに、ああやっぱり家族なんだなぁと、しみじみするものである。

正弘さんのこと、と考えると、昨年の父の日を思い出す。まだまだ記憶に新しい。

いわきにいる正弘さんに、エンダースキーマの皮封筒を贈った。彼ならうまいこと使ってくれるだろうと思ったのだ。それはしっとりとした茶色で、まるで彼みたいにとても優しいたたずまいをしていた。
その日のうちにメールが届いた。「和平が今までに書いたサンタさん宛ての手紙、この封筒にしまって毎日持ち歩くことにするよ」と。まったくもう、ロマンチックで、かっこいいひとだ。それはもう悔しいくらいに。私が子供のころ両親は、サンタさんからのプレゼントをベランダやら玄関先やらポストやら、あらゆるところに置いて——時にはすこしチープな芝居を交えて——完璧に演じてくれていた。
手紙を全部保管していただなんて知らなかった。正弘さんはいつだってふいにこういう手口を使ってくる。手口といっても、きっとそれは狙っているのではなくって、あの人柄上、自然とでてくる(でてきてしまう)ものなんだろうな。
将来子どもができてクリスマスが来たならば、完璧に演じて最高のもてなしをしたいなと思う。子どもの周りの友達がなんと言おうと。

正弘さんはよくガムを噛む。それはフラボノガムと決めているらしい。
小さい頃、週末になるとよく正弘さんの車に飛び乗ってドライブをした。ダッシュボードには必ずフラボノガムが入っている。未開封のがひとつと、残り3粒ぐらいのがひとつ。板ガムは好きではないらしく、どうしても粒がいいのだそうだ。小学生の私には粒ガムの良さが分からなかった。それは無論、板の方がおおきいからである。
外側の包装の部分は丁寧に折りたたまれていて、正弘さんはそれを絶対に破いたりしない。残り少ないハミガキのチューブを絞り出すように、一粒一粒丁寧に出すのだった。
今なら、粒ガムの良さが分かる気がする。

いろんなことを思い出しているうちに、メールが届いた。

「金曜日、20時頃に着きます。そうそう、今度こっちに帰ってきたら、富岡、行かない」
「いつでもどうぞ。行く。警察に止められるところまで」

忘れぬうちに、ショートホープとフラボノガムを買いにいこう。

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