電話があった

第10期(2013年8月-9月)

 
 
 
 

夢をみている、と電話があった。
夢のなかで電車に乗っている。
終着駅までいきたいが、
もうすぐ目が覚めてしまう。
なんとか引き留めてくれ、という。
なにをすればいいのかわからない。
なにもできぬうちに、目覚めてしまった。
もう夢の中身を思い出せない、という。
ちょうど最寄駅に着いたという。
夢をみていると、電話があった。
鳴るのではないかと、しばらく待った。
受話器がこまかく振動し、音のない夢だと気がついた。
取りあげて耳に当てると、振動が発話のリズムを伝える。
返事を待つ空白があり、こちらは唇だけを動かす。
おかけになった電話が、現在を過去にわたしています。
 
夢をみている、と電話があった。
音のない夢なので困っているという。
自分にはなにも聞こえないけれど
せっかくだから話してくれという。
こちらは、ちょうどそんなときに
話したかったことを話す。
受話器の向こうからは鼻歌がきこえてくる。
話を途中できりあげ、鼻歌を聴く。
歌は次第に遠ざかる。
    ●
夢をみていると、電話があった。
ポケットを探ると硬貨があった。
受話器をとって硬貨を入れる。
お使いになった硬貨は 
現在つかわれておりません、
と録音が話す。
その硬貨が使われていた国は 
七つの小国に分裂し、
どの国も貝殻を通貨とするようになりました。
今は貝塚が残るのみです。
足元をごらんください。
●  
夢をみている、と電話があった。
いまどこにいるのか、ときかれ、
どこであれ夢の外だ、と答える。
相手は、すぐに来い、
いまから教える場所をメモしろと言い、
あとは葉ずれの音だけが聞こえる。
窓の外では枝が大きく揺れている。
     ●
夢を見ていると、電話があった。
高い木の枝にからまって、
コードの先にぶら下がる受話器が 
ちいさな声を発している。
汗だくで木の幹をよじのぼり、
腕を伸ばして受話器をとる。
「ありがとう」と声がいい、
受話器の向こうで音楽がはじまる。
 
夢をみている、と電話があった。
こちらは夢から醒めたところで、その内容を相手に話す。
どうやら同じ町にいる、と相手はいい、
ただ、五年ほど前のようだ。
夢の細部を話すうち、記憶がどんどん鮮明になる。
自分が夢で見ていた空き地に
かつては大きな屋敷があったことを知る。
それが、相手の目の前で焼け落ちる。
夢をみていると、電話があった。
数十年後には電話と認識されているであろう物体。
これを使って話したい相手がいる。
使用法を探しての格闘は五年におよぶ。
これ自体がひとつの対話なのだと 
頭の隅ではわかっている。
ついに物体が声を発する。
数百年後には言語と認識されるはずの 
その音に聞き入る。
  ●
夢をみている、と電話があった。
五年ほど夢にいるという。
夢のなかでこちらと同じ町にいて、
同じ道路を歩いているという。
こちらは赤信号で足を止める。
こちらは青だ、と声がいう。
用があるので先に行くといい、
手を振る気配で通話が切れる。
渡り終えるまでは想像できたが、
どちらへ曲がったかがわからない。
夢をみていると、電話があった。
長い呼び出しを鳴らし終えた風情で 
道ばたに置かれていた。
冬の田で藁を拾うような気持ちで受話器をとる。
貝殻が海の幻影を聞かせるように、
長い廊下に響く足音が心に浮かぶ。
足音は早くなり、
近くなり、
通りすぎる。
こちらも受話器を置き、走った。
 
 
 
 
 
 
電話があった。
話し終えても、夢をみていたのがどちらなのか判らず、自分がいま目覚めているのかどうかもわからない。
うたた寝から覚めたところにかかってきたのか、眠ったままで電話をとってしまったのか、
それとも、話している最中に眠り込んでしまったか。
こちらの話が相手を眠らせてしまったかもしれない。
こちらの応答によって、相手はようやく目覚めたのかもしれない。
どちらもただ眠り続けていて、電話がかわりに話していたのかもしれない。
なにを話したかは思い出せない。
ただ、相槌だけがいつまでも記憶に残っている。
いまもまだ、頭のなかで相槌をきき、相槌を返しつづけながら歩いている。