花火

第10期(2013年8月-9月)

 

 あちらの山の向こうに陽は隠れ、こちらの山肌も暗い緑に沈んだが、その稜線の上にはまだ青空があり、わずかに黄色みをおびた入道雲が輝いている。
 この季節の、この時間の雲がいちばん目に眩しい。
 山に挟まれた川のこちらの岸には、レジャーシートの観客席が着々と整えられていく。
 橋は通行止めになり、向こう岸には消防車がみえる。
 花火の夜が待っている。

 ここの花火は、とても近い。
 川幅はさほど広くなく、打ち上げ場所は対岸のすぐそばにある。
 音と光のとほうもない速さの違いを、ほとんど感じさせない距離だ。
 慣れている地元の観客は、あおむけに寝て空を眺める。ふつうに座った姿勢でいると、見上げる首が疲れてしまう。
 何年かここの花火をみて、どれほど大きくても、遠くからみる花火は物足りないと思うようになってしまった。
 遠くの花火は黒い背景のまえで展開する平面的なショーだが、近くの花火は頭の上の空間に立体的に広がるのだ。
 放浪の画家として知られる山下清はたくさんの花火を描いたが、間近でみる花火をもっとたくさん経験していたら、貼り絵だけでなくモビール風の立体をいくつも作っていたかもしれない。
 針金と色紙で作られたしだれ柳が軒下に吊られ、風鈴が涼しい音をたてるのにあわせてゆっくりと回る。それを見上げてにっこりとする清。そんな光景を思い浮かべる。

 遠くから眺める大きな花火にも、もちろんそれなりの魅力がある。うちあげられる玉の種類も数もはるかに多く、もっと緻密なショーとしての演出がある。
 いま、大きな花火の催しは、きっとコンピュータを使って下書きされているだろう。
 実際の光景そのままの映像を画面上に作り出せるようなソフトウェアをつかい、打ち上げ順、打ち上げの高さ、タイミングを精緻にシミュレートし、楽譜にあたるものを書いていく。当日、それを自動制御の打ち上げ装置が正確に再現する。
 本当にそうであるかはともかく、そういう風に大きいショーが設計される様子を想像するのが好きだ。
 ディスプレイのなかで、凍りついた光の花をマウスでつまんでそっと置き、なめらかな積み木をならべたようなビルのむこうにすべらせ、場所を決める。
 時間の経過にそって配置してゆき、再生のキューを与えると、音までも本番そのままの打ち上げが始まる。
 視点の位置を変え、なんども再生して確かめながら、花屋が花束を仕立てるようにひとつひとつのクライマックスを組み立てていく。
 どこか、メニューのつまみを動かせば、花の色がいっせいに変わる。本物の花火にはない鮮やかな自由。
 遠いスクリーンのような夜空に広がる花を眺めながら、そういう手のあとをつい探してしまう。ここぞという一発が開くとき、深い吟味のうえでその場所、その瞬間に花を留めおいた演出者の、満足げなクリック音が響くような気がする。
 すべてが現実の向こうで行われているような美しさが、遠くの花火にはある。

 いまここで、向こう岸の職人たちは忙しく打ち上げの準備を進めている。
 太い縄でたばねられた打ち上げの筒はもういちど強度を試され、着火装置の動作が確かめられる。
 全員があつまり、おなじみの緊張のなかで打ち上げ手順の最終確認をする。
 打ち上げの順番が記されているのは手書きの譜面のようなもので、確認のあいだに、いくつかのメモが赤字で加えられる。
 花火の玉は、きょうの朝に畑で採れたもののようにござの上に並べられ、ひとつひとつにマジックで書かれた文字は、ストロークの速さによって部外者から意味を隠している。
 消防車は周囲の木々に念入りに放水し、葉の一枚一枚を湿らせて、これから降りそそぐ火の粉からの護りにする。
 職人のひとりが時計を眺め、まだ明るさの残る空を眺める。

 会場のスピーカーからは、20年前のポップソングが流れていた。
 アルファベットの最終文字から始まる名前を看板にもち、大きなヒットをいくつも生みながら、私人としての姿はほとんど明かさずに去った歌い手。
 遠くでかすかに響く流行歌でしかなかったものを、はじめて間近に聴くことになった。かかっているのはベストアルバムらしく、どの曲にも聞きおぼえがある。
 いま聴くと、音程がすこし怪しく、たどたどしい。それがひたむきさの印象をもたらしていたことがわかる。
 そのことの発見が、歌を懐かしいものではなく、いまはじめて聴く、いまここに生きている人の声として耳に届かせた。
 祭りの喧騒をとおりぬけるようにやってくるその歌声を聴きながら、すでに観客であらかた埋まってしまった土手を何度も行き来して、よさそうな場所を探す。
 空気は屋台の食べ物の匂いで満たされている。
 ようやく場所がきまると、レジャーシートを敷き、弁当をひろげ、すぐに宴のはじまりになる。
 そうして、しばらく見上げていないうちに、空は舞台の準備を終えている。

 ひとつ、腹にひびく炸裂音。
 開いた瞬間、空の奥行きがぐんと広がる。
 遠くの花火は円として開き、近くの花火は球として開く。ひろがる球の大きさのぶんだけ、空がつくられていく。
 低いところから高いところへ、小さい玉から大尺の玉へと、つぎつぎと開いていくにつれ、頭上の空間がどんどん押し広げられていき、距離のない平坦な背景であった夜空が、星までつづく深淵に変わる。
 強い火薬のにおいがあたりを包む。
 ほとんど頭の真上と思えるところで開き、地面に届くかというほどに長い尾をひくしだれ柳。
 これ以上は膨らまないだろうと思い込んでいた範囲をやすやすと越えて目の前にせまる大玉。
 間近で見ると、遠くからは小さな光点の集まりでしかないものが、そのひとつひとつの光点にもそれぞれの動きがあり、色の変化があることがわかる。
 ホタルが籠から放たれるように、たくさんの小さな光のかたまりが粉のような光を散らしてあちこちの方向に飛んでいくもの。
 大きく広がり、いちど光が薄れた後で、チカチカした光点が周囲の空間に残響のようにただようもの。
 おなじみの、土星の形をつくるもの。輪の部分が、ぽんとはじけるように飛び出して広がるのがかわいらしい。
 平面的な笑い顔のマークにひらくもの。観客のいるところから顔に見えるような角度で開くかどうかは運任せだが、なにか技があるのか、この頃はほとんど失敗するところを見ない。
 サッカーボールの縫い目を模して光が広がり、それからコートを走る選手のように小さな火の玉になって飛びだしていくというもの。
 しだれ柳のようだけれど、もっと裾のひろがった形に広がりながら流れ落ち、上は白く、下は青色に輝いて、富士山のようなイメージを作り出すもの。それが消えないうちに、中心を貫いて打ち上げられた大玉が火口から赤い花を開かせる。
 ふたつの球が入れ子になって広がり、そのふたつがどういうわけか逆方向に回転しているように見えるもの。
 まず音だけが響き、ひと呼吸のあとで七つの花が縦に連なり、七色に開くもの。
 
 空を見上げる視界のすみに、べつの光があらわれる。
 光と音に湧き立つ意識の底で暗く静まっていた川面に、ゆっくりと流れ込んでくる。
 はじめは、上流のはるか遠くにちらちらとまたたく小さな光の集まりとして。
 それがしだいに近くなり、数を増し、流れそのものが光にかわったように、川幅いっぱいにひろがってやってくる。
 やがて、最初のひとつが眼前の水面を通り過ぎる。
 ちいさな、四角い灯篭だ。
 橙色のろうそくを中でまたたかせ、ゆらぐ水面に光を落す。
 穏やかな光の運動が四角い輪郭によって断ち切られ、周囲の闇を深くする。
 気がつけば、上流のはるか先から下流の果てまで、無数の灯篭が川面を埋め尽くし、流れている。
 夏ごとに来て、見るたびにその数に圧倒される。
 視界のなかに増えてゆくその数が、川の奥行きをどんどん深めてゆく。対岸の思わぬ遠さに気付かされる。
 灯篭たちは、歩く速さで川面を進む。
 橙色のまたたきは、静かな語らいのようにも見える。
 おたがいに再会を喜びあうようでもあり、川岸でながめる人々に語りかけているようでもある。
 頭上には、あいかわらず音と光の狂騒がある。
 眼下には、アイスティーのグラスにそっと沈めたシロップのような、静けさの層がある。
 空の花を眺めながら、心はずっと下を流れる静寂を追っていた。
 流れはいつまでも途切れず続き、その数への驚きは増すばかり。

 上空の喧騒に、変化があらわれる。
 たたみかけるような高揚のリズムが止んで、ゆっくりと歩くような、一発ずつの打ち上げになる。
 スピーカーから、名前を読み上げる声がひびく。
 去年の花火と今日の花火との間に去っていった、この土地の人々だ。
 ひとりの読み上げごとに、ひとつの花火が打ち上げられる。
 ひとつひとつのあいだに少し長めの間をおいて、ゆかりのある観客が、読み上げられた人物との語らいをもてるようにされている。
 川の静けさとつりあうように、空にも静けさが訪れる。
 灯篭がまたたきながら進む。

 読み上げの時間がおわると、上空にはまた賑わいがもどる。人と灯篭を観客に、花火はフィナーレに向かって喧騒を高めていく。
 最後の玉が打ち上げられるころ、川面を流れてくる灯篭もまばらになり、祭の力がしだいに薄れていくのが感じられる。
 しめくくりは、橋の側面にしかけられたスターマインだ。
 滝となって降り注ぐ火花が、両岸をつなぐ橋になる。
 その橋をくぐって、残り少ない灯篭たちが川下へ流れる。
 やがて橋の輝きがうすれ、観客の拍手が向こう岸の職人たちにも届く。

 帰り道は、すこし下流にある橋を渡る。
 見下ろすと、ひとつだけはぐれてしまったかのように四角い橙色が通り過ぎていくところだった。
 祭りは終わり、あとはすべて屋台のざわめきに吸い込まれていく。