あの日からの、カルチュラル・スタディーズ(1)

第13期(2014年2月-3月)

初めまして。吉田航と申します。「月夜と少年」という屋号の芸術企画室を主宰しています。

芸術企画室。一体何をしているのかというと、芸術にまつわる様々な事を企画している。読んで字の通りなのだけれど、展覧会や音楽イベントの企画はもちろん、Web系のメディアを中心に、アーティストをインタビューして記事を書いたり、CDジャケットやフライヤーなどのグラフィックデザイン、音楽のプロデュース、写真撮影、ライブやパーティーなどでの空間装飾。今、これまでに「月夜と少年」の名のもとにやって来た事を、ぱっと思い付いた順に挙げてみたけれど、本当に何でもやっている。

自分の来歴、出自などを細かく書いていたら、それだけで8回の連載を終えてしまいそうなので、物凄く端折って書くと、2012年の10月まで「月夜と少年」という名前でギャラリーを運営してきて、以降はギャラリーを閉め、特定の場所を定めずに各地を転々としながら上記の様な活動を行っている。

昨年の11月に、このアパートメントに寄稿をして欲しいという依頼をもらって、何を書こうかずっと考えていた。何を書いても良い、自由だと言われると、それはそれで難しいものだ。これから毎週、2ヶ月に渡って計8回の連載をするのだから、それなりに自分が楽しんで書けるものでないと辛いし、かと言ってここは自分のブログでもないので、読んでくれる人にとっても、それなりに有意義な事を書かねばとか、色んな事が思い浮かんでは消えて、なかなかこれだというものに辿り着かない。

さて、何を書く事にしようか。

あの日、原発が爆発してからというもの、僕は自分自身が、どこかで二つに分裂してしまった様な感覚に付きまとわれている。一方では、芸術や音楽がこの僕に暖かな希望の光を投げかけてくれていて、もう一方では原発を巡るシステムに深く横たわる、絶望にも似たどうしようもなく冷たい闇が、じっと息を潜めている。日々のほんの些細な事で、その両極に激しく揺さぶられるのが分かる。

今みたいに、光と闇の間に線が引かれて、決定的に右と左とに別れてしまうのではなくて、もう少しグラデーションがかかった様な、濃いブルーの空と赤い光の太陽が交じり合う夕焼けの様な場所を見つけたいと思っている。これは、この先の僕の人生においても大きなテーマになるのかもしれない。そんな気がしている。決して避けられない敗北だとしても、最後まで逃げ切る事の出来る自由と勇気を芸術や音楽の中に探し求めていたい。

芸術企画室と冠していながら、僕はあまりにも絵の事を、文学の事を、音楽の事を、映画の事を(まとめて、ここでは一応芸術と言っておく)知らなさ過ぎる。まずは、光と闇をちゃんと見つめて、知ることだ。この8回の連載の中で、僕自身が本を読んだり、展覧会を見に行ったりしながら、横断した思考をここに記してみようと思う。それが、誰か僕以外の人にとっても、有意義な発見の手がかりになる事を願いながら。

思った以上に前置きが長くなったので、今回はメモ程度に。

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異国の客 / 池澤夏樹
筆者がフランスに住んでいた時の日々の記録をまとめたエッセイ集。フォンテーヌブロー、浅井忠の描いた黄色い夕焼け、コクトーが内装を手がけたミイー・ラ・フォレの教会、museeは何故博物館と美術館に分けて日本語に訳されたのか。

ブルーノ・タウト
アーティストの長坂有希さんのプロジェクトを通してブルーノ・タウトの事を知る。ドイツ人建築家。1933年ナチスを逃れて日本に亡命。日本では主に工芸の分野で功績を残す。「ブルーノ・タウトの工芸 -ニッポンに遺したデザイン-展」を見る。自然、宇宙を非常に抽象的にシンプルな線で捉えてデザインしている事を感じる。主な著書に「日本美の再発見」など。ちなみに展覧会は大阪のLIXILギャラリーで2/18まで。

TAKE AWAY SHOWS
アーティストが路上や地下鉄、カフェなど世界中の様々な場所で演奏している様子を撮影し、その映像をインターネット上で無料配信している。音楽を作る側、受け取る側が両者ともとても自由に音楽を楽しんでいる事が分かる。こういうのを見ると、欧米の文化の懐の深さを羨ましく思ってしまう。日本でこういう事が出来なさそうだと思ってしまうのは何故だろう。他人を他人として認めること、自由であること。