A few stolen moments 〜 逢い引き

第15期(2014年6月-7月)

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重たげな八重桜も咲き終わった五月の中頃、彼が箱根で学会があるからその帰りにどこかで待ち合わせをして旅館で温泉を楽しんでみないか、と言って来た。そういった恋人同士での温泉旅行など学生時代から今まで経験もしたことがなかったら、それこそ30代にして初めてのランデブーである。箱根湯本の駅で彼が現れるのを、次から次へと通り過ぎる人々の流れの中で踏みとどまる様にして待っている間も、人里離れた少し鄙びた山間を流れる冷水の様なひやっとした空気と初夏間近の太陽に温められた生温い草いきれが混じり合い、まるで潮境の上に立っているかの様に不安感と喜びが交互に押し寄せて来る。

ぼくは自分をとてもmusical な人間だと思う。ぼくの青春時代、あの大きなソニーのカセットウオークマンはいつもぼくの傍らにあって、高校受験の時も、深夜の勉強の合間の短い仮眠中にも、そして大学受験の勉強中の息抜きにもいつも音楽はぼくとともにあった。松田聖子の曲でBon Voyage という歌があるのだけれども、当時はただ、親に内緒で初めて旅行に出て来たカップルのぎこちないストーリーの展開と松田聖子のボーカルだけを楽しんでいたのだけれども、あの時のぼくの経験した彼とのランデブーの間の心の状景はその歌の歌詞と見事に重なりあっていた。今、この曲を聴く度に松田聖子が自分のあの時の情景をレポートしてくれてる様な、そんな自分に気付いて苦笑いをする。本当に優れた歌手、というのは万人の感情を掬い取って不純物を濾過させた後の感情を歌う事の出来る巫女の様な人達なのだ、と思う。

川のせせらぎが絶えず聞こえる古い旅館で記帳を済ませて部屋に通され、檜香るお風呂の温泉で身も心もリラックスして、何の憚りもない空間で互いを知り合える、という喜びと不安混じり合う初々しい感情も生まれて初めてのものだった。今でもこの旅で撮った幾つかの写真が手元にあるのだけれども、そこには一緒にいられるだけで満ち足りた穏やかな表情をしている二人が明るい日差しの中、眩しそうに目を細めて写っている。帰りは各駅停車のローカル線で時間をかけて帰った。

週末のある日の午後、ぼくと彼がぼくのマンションを出て来た時、ばったりとうちの母と鉢合わせをしてしまった事があった。母曰く、「あなた、まるで花の周りをヒラヒラと飛び回る蝶々のように嬉しそうだった。」多分、その時のぼくは自分を押さえきれないほど嬉しくて嬉しくて堪らなかったのだ。

彼は勿論、奥さんの目を盗んでのぼくとのランデブーであったのだけど、ぼくにとってはある意味、親の目を盗んでのランデブーだった。ジョギングの途中で待ち合わせして一緒に走ったり、アメリカンクラブのジムで一緒に運動したりした。一緒にいられるだけで、それだけで良かった。

彼の弟夫妻が新婚旅行で東京にアメリカから来ていた時、彼が奥さんと弟さん達を案内した様々な場所や生き生きと彩りに満ちた話しを一人ぼっちの夜に聴き、少しずつ彼のもう一つの決してぼくの立ち入る事の許されない世界に対して、次第に絶え間ざる憧憬の念を持ち始めたのもこの頃だった。

彼との会う時間が彼の家族の用事で制限されて、彼の楽しそうな一日の様子を障子に出来た小さな穴を除く様に部分部分垣間みて、見えない部分は想像で補っているうちに、ぼくの心の中で少しづつ広がる空虚感と理性を凌駕する彼を焦がれる感情に圧倒されて眠れぬ夜もあった。

これが愛というものなのだろうか。

恋をする、ということは本能の一部であって理性では扱えないものなのだろうか。

どうして恋をすると人は常に不平等感に苛まれて、相手にもっともっと、と求めて期待してしまうものなのだろう。恋は人を醜くするのだろうか。本当の愛が人を高みへと誘うものだとすると、当時のぼくは恋に飲み込まれて、不意に開けてしまったパンドラの箱の蓋から溢れ出て来るありとあらゆる説明不可能な支離滅裂な感情の渦に巻き込まれて、ただただ呆然としていた。彼に対するパッション、情熱を押さえきれなかった。自分の中に、情熱という激しい情感が残っていたことを知った時はとても驚いた。パッションという感情には楽しいという事だけでなく悩み苦しむ辛さも同居する、という事も自らの身をもって知った。

そんな暫く会えなかったある日、弟さん夫妻が寝静まった後の深夜過ぎに彼がぼくを訪ねて来てくれた事があった。外はすごい土砂降りの雨だった。その夜、二人で温かなブランケットの下でウトウトしていると凄い雷鳴と地響きがそれに続いた。二人びっくりして目を合わせて笑っていると、落雷の衝撃を地面が受け止めて空へ跳ね返すがごとく、下から突き上げて来る様な強い地震がぼく達を飛び上がらせた。太陽は東から西へ、海には潮の満ち引きというルールに乗っ取った予定調和的な取り決めがあるけれども、地面は基本揺れない、確固たる全ての基礎、という幻想の上に立ってぼく達は生活しているから地震に対しては決して慣れがない。

この二つの自然現象が重なった事に、ぼく達は何か特別な意味を感じ取ったかの様に互いの手をぎゅっと固く握りあった。ぼくの身体を駆け抜ける暖かな血潮が握りしめた手と手を通じて彼の身体の中へ、彼の生命力と思いが汗でほんのりと湿った手の平を通じてぼくの中へ、そんな思いが互いにあった。これはサインだ、と感じた。

彼は早朝に自分のマンションの自宅の鍵を静かに開けてオフィスへ行く支度をしていた時、彼の弟が部屋に入って来て「兄貴、昨日の夜の地震でびっくりして飛び起きて兄貴の部屋へ行ったけどいなかったね。」と意味深にニヤリとして言われたそうだ。

それからは二人、会える時間を見つける事、そればかりに心奪われる日々が始まった。彼に会うために目を覚まし、彼からの交信を見逃さないために携帯を持ち歩き、美しい景色を見ては「彼と分かち合えたなら」と思い、美味しいものを食べては「これを食べさせて上げたい」と思う様になり、それこそ head over heels in falling in love〜恋に荒波にもがき溺れそうな、そんな日々だった。 そしてこの気持ちを誰に打ち明ける事も出来ない孤立感。二人の間には限りなく真空状態に近い、不純物の紛れ込む余地のない様な窒息しそうなほど密で濃縮されたシンプルな本能に近い感情が露わになっていたと思う。強烈な幸福感、猛烈な嫉妬心、深淵な孤独感。そういった今まで経験したことのなかった様な加工されてない手つかずな生の感情達が体中を駆け巡っていた。

互いの出張中の中継地点だったサンフランシスコで一晩だけ落ち合った事もあった。ある時はアムトラックという鉄道に乗ってフイラデルフィアからボストンに向かう途中の車中から摩天楼そびえるマンハッタンにいる彼に短いメッセージを交換したり、ボストンにいたぼくに彼がマンハッタンから週末に電車に乗ってニューヨーク郊外にある彼と彼の奥さんの別荘に向かう途中のグランドセントラル駅から電話をかけて来て暫く話しをした後、彼が電話を切ろうとするのをぼくが駄々をこねて困らせた事もあった。

会えない時の交信の手段は電話とメールだけだったけれども、日々刻々と目まぐるしくダイナミックに変化する現実の生活の中ではあまりにそれらは儚く頼りなげに感じられる事もあった。電話を切って暫くすると何故かもう不安になる。頼れるものは互いの根気強さと二人の間の強力な磁気だけだった。そこにはなんの保証もなかった。磁気の強さのためにぼくの心の方位磁石は彼のいる方角しか指さない。南十字星と北斗七星、互いの位置を確認してでしか航海ができない。

感謝祭 Thanksgiving Day が近づいたある秋の日の土曜の午後、彼の奥さんが日本人の奥様方を集めて彼の七面鳥の特別レシピを披露する会を自宅のマンションを開放して催していて、3時間ほど時間が空いたから、とぼくの自宅に遊びに来てくれた。心の水面に広がる幸福感の波紋達。ここに連れて行きたい、これを見せたい、この路を歩いて、と様々なプランで一気に頭の中が一杯になってしまう。

高輪にあるお気に入りの骨董屋で幾つかの抹茶茶碗を求めて彼の住むマンションへの方角に向かって歩きつつも、隣に彼が一緒に土曜の夕方に歩いている、という事実だけでも嬉しく、歩いている間は二人だけの時間だ、今この瞬間は二人だけのもの、という幸福感が心を満たす。
しかし暫くすると、彼は段々と歩調を早め始め、顔つきも険しくなりながらぼくの数メートル先をほとんど走り出す様に切羽詰まった様子で前屈みになりながらものすごい勢いで歩き出した。ぼくは彼のマンションが近づくにつれて歩調を緩めて少しでも一緒にいられる時間を伸ばしたいのに。

ぼくは彼について行くのをストップした。もし彼が振り返らずに後ろにいるぼくが立ち止まった事にも気付かなかったら、ぼくはもうこれ以上彼のために心をすり減らすのは止めよう。立ち止まって考えて、距離を置いて今の自分を考えてみよう、と思った。

数十メートル先でぼくの様子の変化に気付いた彼は立ち止まって肩で息を激しくしながらこちらを怪訝そうに見ている。その様子を見て、何かが急にぼくの中で冷めた。真っ赤に燃える溶岩が冷たい海面に触れて一気に冷やされて表面のガスが水中で猛烈に暴れている様な、そんな反応がぼくの心の中で起っていた。近寄って来る彼に、「何故急に早足に、駆け出して行ってしまうの?」と問いかけると、彼は「ターキーがオーブンで焼き上がる時間をとうに過ぎていて奥さんとその女友達達がしびれを切らせながらぼくの帰りを待っているに違いないから。」とこの世の終わりが来たかの様に真っ青になって言う。

ぼくの胸の中を射る様な冷や水が突き抜ける。そしてマグマ溜まりに閉じ込められていたガスは心の隙間をかいくぐって猛烈な圧力に押されながらその時の怒りを表現する場、チャンスを求めて駆け上がって行った。今この瞬間にぼくといる事による幸福感よりも、これから起るであろう奥さんからの怒りに恐れ戦く彼の実体を目の当たりにして自分が情けなくなる。

何も言わずにくるりと彼に背を向けて、今度はぼくが早足で今まで来た路を戻る。

後ろからは彼の声が追いかけて来るが、もう何も振り返りたくはなかった。〜