第七夜 柳本々々のうとうとラジオショー~春眠暁を覚えずなのだから今夜も眠らせナイト春の西瓜糖歌謡スペシャル~

第19期(2015年2月-3月)

IMG_20150129_101613_20150129104522535

何でも大きな船に乗っている。
けれどもどこへ行くんだか分らない。ただ波の底から焼火箸(やけひばし)のような太陽が出る。
ある時自分は、船の男を捕まえて聞いて見た。
「この船は西へ行くんですか」
       夏目漱石「第七夜」『夢十夜』

あなたがどこにいるとしても、わたしたちはできるだけのことをしてみなければならない。話を伝えるためには、あなたのいるところはとてもとても遠く、わたしたちにある言葉といえば、西瓜糖があるきりで、ほかにはなにもないのだから。うまくゆけばいいと思う。
       ブローティガン「西瓜糖の世界で」『西瓜糖の日々』

  *

o0480057812913343255

Y うとうと紳士淑女の皆さん、こんな夢やあんな夢を見てますか? 夜更けの案内人、やぎもともともとです。始まりました、柳本々々のうとうとラジオショー。今夜も、ジョルジュ・ポンピドゥー・センター(のようにいつかなることを夢見る公民館)から生放送でお送りしています。今回のゲストは、Oさんです。Oさん、よろしくお願いします!

O どうも今晩は。

 (会場、拍手)

Y いやあ、今日も最高にうとうとされてますね。もう、眼がとろんとされてるじゃないですか。ねえ皆さん。

 (会場、まばらな拍手)

Y いやあ、皆さん、お厳しい。気を抜くと、まばらな拍手になります。

 (会場、失笑)

Y ところでOさんは、こんな夢やあんな夢をみたいと思われたことは、ありますか?

O うーん、ぶっちゃけ、どうでもいいですね。夢なんてどうでもいいじゃないかって思ってますね。

Y おや、これはうとうとしてないぞ(笑)。シリアスでした。

 (会場、わずかに失笑)

O いや、笑いごとじゃなくてね。夢なんてどうでもいいじゃないか、っておもってるんですよ。〈みた〉といえてしまうようなゆめなんて。

Y いきなり出だしからのうとうとコンセプト全否定ですが、どういうことなんでしょうか。

O ええとですね、私は実は、夢にならなかったものを、ゆめにみているんですよ。夢をみるんじゃなくて、夢にならなかったものを、ゆめにみたいとおもってるんです。

 (会場、少しざわつく)

O めをあけているときも、めをとじているときも、闇のなかでシャンプーしているときも。夜の景色のなかでみそびれてしまった闇の重さをてのひらにかんじているときも。ゆめにならなかったゆめを、かんがえているんです。夢になり〈そこね〉たものを。夢として形式化されなかったものを。でも夢にはなろうとしていたものを。わたしのほうをみていた夢を。それでもわたしがふりむくことができなかった夢を。

Y 私もときどき人生でふりむくことのできなかったひとびとのことやカーペットにこぼしてしまったきなこの取り返しのなさについて考えていたりするんですが、なるほど……ここで突然ですが会場からOさんにあらかじめ質問をもらっているので、ちょっと聞いてみます。ええとこれは、埼玉の夢みる浪人生さんからです。Oさん、こんにちは。いつも『不眠ミッドナイト』拝聴しています。Oさん、ずばり、お聞きします。ゆめにならなかったゆめは、いったい、だれがゆめみるんでしょう。置き去りにされたゆめは、どこにゆくんでしょう。P.S.いまだに古語の「なり」の見分け方がわかりません。

O ええとですね、これは一言で答えられます。わたしには、こたえられない。わかりません。

Y ……!?…。

 (会場、ざわつく)

Y わかりました! じゃあここで一節、お聞きいただきたいとおもいます。たとえどんなにうとうとしていても人生にはいろんなドラマが繰り広げられます。わたしたちの生はこれだからわからない。人生はわたしの名前を探す旅。はい、ブローティガンの『西瓜糖の日々』から「わたしの名前」をお聞きください。

  *

あるいは、あなたはじっと覗きこむようにして、川を見つめていたのかもしれない。あなたを愛していた誰かが、すぐそばにいた。あなたに触れようとしていた。触れられるまえに、あなたにはもうその感じがわかった。そして、それから、あなたに触れた。
それがわたしの名前だ

       ブローティガン「わたしの名前」『西瓜糖の日々』

  *

 (会場、納得したような拍手)

Y ありがとうございました。このブローティガンの一節から次の話題を始めた……

O (Yの言葉をさえぎって)ええとですね、わたしの名前は、わたしではないものが、決める。これが大事です。わたしは、わたしでない場所にある。わかりますか?

Y あ、はい。

O たしか、今日マチ子さんが、あとがきでこんなふうなことをいわれていました。「わたしのいままでついたすべての嘘にありがとう」と。そのことばは、どういうことか、わかりますか?

Y うーん、『ほら吹きの大泥棒ホッツェンプロッツ』みたいなことですか。

 (会場、溜め息)

O (Yのことばには答えずに)それは、こういうことじゃないかとも、おもうんですね。いままでわたしにならなかったもの、ありがとう。わたしにならないでいてくれたものたち、ありがとう。わたしにならなかったもののすべて。わたしにならないでいてくれたものたちの、すべて。わたしの〈ほんとう〉にならないでいてくれたものたちの、そのすべて。嘘でいつづけていてくれるものの、いっさいがっさいにありがとう、と。

Y 『ホッツェンプロッツ』は関係ないということですね?

O (Yは無視して)嘘、というのはね、いくらわたしにしようとしても、しえなかったものじゃないかとおもうんですね。ことばをつむいで、懸命に臨み、〈わたし〉にはしようとした。でもそれは〈わたし〉にあらがい、〈わたし〉の血肉にはならなかった。だから、それは、嘘でしかなかった。嘘にしか、なれなかった。でも、それが、ゆめなんじゃないかって。

 (会場、うとうとうっとりし始める)

Y ああ、そうか。それは、なりそこねた夢とすこしおなじなのかもしれませんね。

O ええ、いちばんわたしがわたしとしてある場所って、じつは、そうした〈そこね〉た場所なんじゃないかっておもうわけです。そう、おもうんです。わたしは。

Y そこがつまり、夢の住宅地、夢の集合住宅ってことですね?

O いや、そうゆうことじゃなくて。夢の場所ですね。ゆめは、夢になり〈そこね〉た夢にあるんじゃないかとおもうんですね。だれのゆめだとおもいます?

Y わ、わたし? いろいろやりそこねてきたもともとにということですか?

O いや。

Y ……。

O ………。

Y わ、わかりました、はいわかりました。ここでまた一節聞いていただきましょう。眠れない夜に考えるにはぴったりのナンバー。ブローティガンで「チャーリーの考え」です。

  *

「誰が書いたか知ってるかい」とわたしはたずねた。
「いいや」とかれはいった。「でも、やはりきみみたいな人だったよ。きまった名前がなくてさ」

       ブローティガン「チャーリーの考え」『西瓜糖の日々』

  *

 (会場、考え込むような拍手)

Y はい、「チャーリーの考え」を聞いてもらいました。いまブローティガンの一節をちょっと聞いてて思ったんですけどね。きまった名前をもたないきみが書いたように、それは、形式化できなかったものなんですね、夢って。でも、だからこそ、夢になる。

O ええ、そうなんですよね。形式化できたものは、ひとにも手渡すことができる。ひとのものにもできる。でも、形式化できなかったものは、このわたしになりそこねたものとして、このわたしがひきずってゆくしかない。

Y ひきずるっていうのは、擬音であらわせば、ずるずるというかんじですか?

O (Yの言葉には答えずに)だから、夢、というのは、だれにもいいあらわしえない。わたしにも了解できない夢、というのは、わたしがなかよくできないままに、ひきずってゆくもの、ひきうけていくものなんです。わたしになりそこねた・わたしになろうとしつつある・わたしになれない・わたしとして。そんな変化しつづけるわたしが、やってくる。過去から、未来から、いまここから、陸続と。列をなして。あとから。あとから。

Y そ、そんなにわたしがやってきたら、わたしの渋滞が起こっちゃって、わたしがわたしにつまずいてころんじゃうじゃないですか(笑)。

 (会場、静まりかえっている)

Y あれ、きょうのお客さんは、晩ご飯ちゃんと食べてきたかな(笑)。

 (会場、まばらな拍手)

O ……ええとですね、たくさんのわたしたちが、来るってことです。あとがきからでさえ、すべてのわたしたちは、やってくるんです。すべてが語られた場所、語り尽くされた場所からだってまだやってくるんですよ。いやむしろそのような場所からわたしたちはやってくる。語ることは、語り落とすことです。でもその語り落としから、やってくる。

Y スキップで?

 (会場、溜め息)

O いやなんだっていいんです。

Y あ、そうなのか、いま、わかりました。あとがきって、出発点なんだ。だからわたしはそれをずっと書きたかったんだ。あとがきから始まる物語を。そう、だったのか。それでわたしはあとがきの冒険家になりたかったんだ。ではここで変化することは素敵だということを歌った一節をおききください。ブローティガンで「アイデス」です。

  *

わたしが到着する直前に、アイデスは変化した。アイデスというのはそういうところだ。たえず変化している。だから、素敵なんだ
       ブローティガン「アイデス」『西瓜糖の日々』

  *

 (会場、素敵な拍手)

Y なるほどねえ。そうか、あとからあとからわたしはやってくるんだ。おーい、後が詰まってるぞー、って叫ぶくらいに渋滞になるくらいのたくさんのわたしがきちゃうんだ。なんだか、おいしいハムみたいで、それってすてきですよね。とつぜん森のなかでであった虎みたいで。ふいにわたしだけが知った西瓜糖ほどの場所みたいで。めまいみたいで、すてきじゃないですか。

O ハムってなんですか?

Y よく、ハムのことを考えてるんです。ハム、おいしいハム、ときどき、ありますよね? たとえば、夜の八時にハムを買って帰るとするなら、もうお昼過ぎの午後二時くらいからハムについて考えていたりします。

O ただのハムに特化したくいしんぼうじゃないですか。

 (会場、失笑)

Y 最高の誉め言葉をいただいてしまって困ってしまうんですが(笑)、でも今日はOさんをゲストに招いてよかったです。みなさん、そうおもいませんか?

 (会場、拍手)

Y オズの大王にはじめて会えたあの日のことをわたしはいまおもいだしました。

O なんかまたてきとうなこといってませんか。

Y てきとうでした。

 (会場、てきとうな拍手)

Y でもほんとうに今日はね、Oさんからイエロー・ブリックロードのようなことばをいただきました。イエロー・ブリックロードにも真実はあるし、てきとうさのなかにもある種の真実がある。

O てきとうさには、ないとおもいますけど。そうですね、夢は、形式化できないから。わたしの領分にすることもできないから。夢は、語りそこなう。だから、夢はことばにも、文章にも、表現にも、することができない。わたしにもあなたにもならない。語りそこなうかたちでしか、夢にはであえない。

Y あ、そうだ! そういう意味では、夏目漱石の『夢十夜』の書き出しのことば「こんな夢を見た。」って、あれって、あのことば自体が、ひとつの〈夢〉とみることができますかね。ひとは「こんな夢を見た。」というふうには、夢を忠実に言語化することはできない。ほんとうは「こんな夢を見た。」なんてことばにすることは不可能なはずじゃないですか。だから、あのことばははじめから挫折してる。それは、そこねられなければならなかったんだから。もしかしたら、あのことば自体が、みそこねられたゆめなんじゃないか。Oさんのお話をうかがってそんなふうに思いました。これ、家に帰ったらすぐに忘れないように書いておこうと思います。がんばって思いついたことはすぐにメモしなきゃ。すぐハムのこととか考えちゃうから。

 (なぜかはわからないが客席から五円玉がステージに投げられる)

O でも、それさえも、ほんとはことばで語っちゃだめなはずですよね。ほんとうに夢についてわたしたちが話をするならば。

Y そうかあ、厳しいなあ(と言いながらステージの五円玉を拾い集める)。

O それでもね、まああえて語っちゃうと、『夢十夜』自身がみている夢は、パッケージングされえなかった、語りそこねてしまった夢のほうに、あるのかもしれませんね。わたしも、なんだか、そう思いはじめました。『夢十夜』の夢は、『夢十夜』が見そこねてしまった〈夢〉にある。

Y てきとうですか?

O てきとうじゃないです。

Y つまり、夢と、愛と、風と、わたしたちの場所にそれもあるってことですか?

O それは、てきとうですね。

 (会場、笑い)

Y はい、じゃあここでまた一節きいていただきましょう。人生はいくらてきとうでもそこに愛や風が吹き込んでくるものです。ブローティガンから「愛と、風と」です。

  *

わたしたちはゆっくりと、そして長い時間をかけて愛し合った。風が起こって、窓がかすかに震えた。風で、脆そうに半開きになった砂糖。
わたしはポーリーンのからだが気に入っていた。ポーリーンもわたしのが好きだといった。そんなこと以外には、わたしたちにはほかにいうことがなかった。
風がとつぜん止んだ。と、ポーリーンがいった。「なんなの?」
「風だよ」

       ブローティガン「愛と、風と」『西瓜糖の日々』

  *

 (会場、恥ずかしそうに拍手)

Y 刺激的なナンバーでしたね。「風だよ」と吹き抜けた風を名指しつつ名指しそこねるように、語りそこねてしまうこと。それでも、その風を、風の指を、語りそこねた手を、にぎろうとすること。手、をにぎろうとすること。だれの、でもない。あなたの。つまり、わたしたちのほんとうの夢の書き出しは、こうなのかもしれない。こんな夢を見(そこね)た。だから、わたしは、あなたの、あなたは、わたしの、語りそこなつたひとつの手を握る。生きることは、語ることは、生きそこねることは、語りそこなうことは、パレードだ。語りそこなった手をにぎりあうパレードがつづく。みんなパレードが、すきだ。

O みんな、好きなわけじゃないですけどね。

Y ちなみにOさんは、パレードはお好きですか?

O さあどうかわかりません。でもかつて別れたひとの顔がたくさんみえます。だから、こころが決まったらわたしもパレードに参加します。

Y そうですか。みなさんは、どうですか?

 (会場、思い出したように拍手)

Y あ、あの、いくらうとうとしてもほんとに寝ちゃわないでくださいね(笑)。いやあそれにしても、きっと、みんなそれぞれにもっているオズの大王がいるんですね。

O いや、いないでしょ。

Y みんな、めいめいに、オズの大王にあたるひとがいる。別れても別れてもそんなひとがやってくる。生きることって、パレードみたいですね。これは、てきとうじゃないです。

 (会場、拍手)

Y Oさん、きょうはありがとうございました。またどこかの夢見るポンピドゥーセンター的な公民館でお会いできたらと思います。

O そのひとがそこをポンピドゥーと思いさえすれば、ポンピドゥーですもんね! それだけは忘れないでほしいですね。

 (会場奥からポンピドゥー・コールが起こる)

Y あっ、ええと、ちょっとよくわかりませんが、あ、はい、はい、わかりました。たぶんきょうはOさんのファンの方も奥の方に座ってらっしゃったようですね。もしかしてさっき同情して五円玉投げてくれたのOさんのファンの方でした?

 (会場奥からふたたび五円玉が投げられる)

O あ、あの賽銭じゃないんで。

Y (一応拾いながら)そ、そうですね。あのですね、わたしもですね、これから、ちょっとパレードにいってきたいと思います。パレードがだいすきなんです。マントもシルクハットも用意しました。鳩も。いつもより多めに。

 (会場、失笑)

Y どこかは、わからない。でも、歩いて行けば、パレードが、みえてくる。楽器の音、笑い声、ポップコーンの香り、ふいの風、それから、勇気、そして、元気。最後のナンバーです。ブローティガンで「楽器が鳴って」。

  *

みんななかなか元気で機嫌もいい。楽士たちはもう楽器を取り出して、日が沈むのを待っていた。
もうすぐだ。わたしたちはみなじっと待った。部屋はランタンの明りで輝いていた。鱒たちが仕切り箱や池の中で行ったり来たりしている。わたしたちはかれらを取りかこむようにして踊るだろう。
ポーリーンはとても美しかった。チャーリーの新しいつなぎ服も素敵だった。フレッドの髪がまるで全然櫛を入れたことがないみたいに見えたのはなぜなのか、わたしにはわからない。
楽士たちは楽器を手にして、位置についていた。もう、いつでも弾ける、もう間もなくだ──とわたしは書いた

        ブローティガン「楽器が鳴って」『西瓜糖の日々』

  *

 (会場、パレードのような拍手)

Y Oさん、きょうはほんとうにありがとうございました。

O ありがとうございました。おかげで、安眠できそうです(笑)。こんな夢を家に帰っててきとうに見たいと思います(笑)。

 (会場、笑い)

Y (スポットライトに向かって歩き始めながら)きょうもまたお別れの時間がやってきました。人生には、必ず来るお別れ。かつて、リチャード・ブローティガンは、こんなふうに書きました。「言葉はなにもないところに咲く花々。あなたを愛している」。だから、わたしも、これからも、ことばをぐっすりと語りつつも、なんどもなんどもうとうとしてみたいと思います。うとうとすることは、ゆめにつながっているのだから。すべてのうとうとは花だから、語りそこねた花束だから。みなさん、それでは、これでお別れです。また、夢で、お逢いしましょう。次回の柳本々々のうとうとラジオショーは、サントリーホール(を夢見るやっぱり公民館)からお送りします。でも、これだけはわすれないでください。毎晩、あなたのおふとんでは、うとうとラジオショーは開催されているのだと。わたしがいくらてきとうでもそれだけは間違いないはずです。それではみなさん! ありがとうございました。うとうとの案内人、やぎもともともとでした! ぐっすりとお元気で!

 (会場、眠るような拍手)

  ※

【文中に引用させていただいた俳句、或いは語りそこねたわたしのあなたのかれのかのじょのかれらの手をにぎりしめる夢をみるための句】

語りそこなつたひとつの手を握る  小津夜景
  (「西瓜糖ほどの場所、他2つの短編、そしてあとがき。」『-BLOG俳句新空間-』2014年9月)

文中のブローティガンの引用は、リチャード・ブローティガン、藤本和子訳『西瓜糖の日々』(河出文庫、2003年)に拠った。
また、冒頭の直筆の署名はリチャード・ブローティガン自身に拠るものである。

20150130_235310

それでは次回「最終夜 こんな夢を見た!(或いは遙かなるおふとんジャーニー)」でお逢いしましょう!