夢八夜 第四夜 こんなゆめをみたこんなゆめをみたえれくとりかるぱぱぱぱれーど

第19期(2015年2月-3月)

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床太郎が女に攫(さら)われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床(とこ)に就いていると云って健さんが知らせに来た。
       夏目漱石「第十夜」『夢十夜』

三四郎はこの時ふと汽車で水蜜桃をくれた男が、あぶないあぶない、気をつけないとあぶない、と言ったことを思い出した。あぶないあぶないと言いながら、あの男はいやにおちついていた。つまりあぶないあぶないと言いうるほどに、自分はあぶなくない地位に立っていれば、あんな男にもなれるだろう。
       夏目漱石『三四郎』

昔からのすべて。他には何も。ずっとためされ。ずっと失敗され。構わない。またためす。また失敗する。もっと良く失敗する。
       サミュエル・ベケット『いざ最悪の方へ』

  *

こんなゆめをみた
こんなゆめをみたこんなゆめをみた
こんなゆめをみたこんなゆめをみたこんなゆめをみた
こんなゆめをみたこんなゆめをみたこんなゆめをみたこんなゆめをみた
こんなゆめをみたこんなゆめをみたこんなゆめをみたこんなゆめをみたこんなゆめをみた、
俺は俺にねんをおすようにじゅっかいとなえた。
つまり俺は明らかに覚醒していた。
つまり俺はすこしあぶなくなってしまっていた。

(柳本々々「こんにちは。やぎもともともとです。前回の第三夜にならっていうと、海面から浮上する鮫のようにこれからたびたび出てきます。今回は、そんな話なのです。いまちょっと時間があったので、この「俺」が「こんなゆめをみた」と何回唱えたか数えてみたのだけれど、このひとは「こんなゆめをみた」と実際は15回も繰り返しているんですよね。だから、この「俺」はなんだか信用できないと思うんですよ。危ない感じのひとですよね。信用しない方がいいですよ」)

俺は、時計を、みる。深夜の二時だ。
スコット・フィッツジェラルドが、深夜の二時は魂の時間だ、といったあの有名で高名な二時である。

(柳本もともと「本当は、フィッツジェラルドがそういったのは、たしか、三時です。「魂の暗き夜はいつも午前三時だ」とフィッツジェラルドはいっていたと思います。二時じゃないです。一時間もはやい。一時間ぶん、魂が安くなってしまったということです。このひとはなんだか危ないですね」)

次の日の朝、あまりに俺は俺をあぶないとかんじたために、びょういんへいこうと、おもった。
ふらふらしている。
でんしんばしらからでんしんばしらへ慎重にあるく。
たしかでんしんばしらの詩を書いていたひとがいる。
谷川俊太郎さんが、でんしんばしらとおちんちんをめぐる詩をかいていたようにおもう。

(やぎもともともと「谷川俊太郎さんではなく、デンシンバシラの詩を書いたのは草野心平さんで、谷川さんはおちんちんの詩しか書いていないんですよ。「とべとべ おちんちん/おにがめかくししてるまに」という詩です。草野さんのデンシンバシラの詩は「そんなときには。いいか。/デンシンバシラとしゃべるんだ。/人じゃない。相棒になるのは。夜中の三時のデンシンバシラだ」というような詩です。谷川俊太郎さんの詩にかこつけて、おちんちんという言葉さえでてきました。危ない展開です。これからどうなるのか私も心配です。『夢八夜』にはできれば「おちんちん」という言葉は一度も入れないで終わらせたかった。その夢は、いま、ついえました」)

でんしんばしらがあってありがたいとおもう。
俺はときどきでんしんばしらにもたれかかる。
もたれかかったまま、思い出を、思い出す。
思い出は、思い出されるためにあるものだし、思い出されたときに、俺はそれが思い出だとわかる。
俺はいままさに思い出そうとする。
思い出もまた思い出されんとする。
俺はいま思い出と両思いになっている。
思い出だけが出ていくのではなんだかさびしいしたりないし申し訳ないとおもい、俺までが出ていこうとする。
思い出にむかって、俺も出ていくのだ。

(もともと「思い出って、いいもんですよね」)

びょういんに、つく。
こころのじょうたいが、なんだか、おかしい。
マヨネーズのふたをうしなったみたいなかんじがするし、

(もと「あ、第一夜を参照してください。マヨネーズのふたをみつける話です。みつけた瞬間、私をうしなう話です。夢ではないんです。夢だと思ってたんだけれど、夢じゃなかった。あれこれマヨネーズだらけじゃん、という話です。ちなみにタイトルは「マヨネーズの床(ゆか)」じゃなくて「マヨネーズの床(とこ)」と呼んじゃうのも可です。なにしろ『夢八夜』なので眠ってるわけです。眠りながら歩けるわけです。そういうマヨネーズ・アクロバティックが楽しめるのが、マヨネーズの魅力です。ちなみに第一夜は映画の『ダイ・ハード』を意識して書いてみました。マヨネーズ・ダイハードです。だからジャンルとしては第一夜は、アクションでした。のめってましたもんね」)

それに顔色も鏡でみたらなんだか野菜がきらいなこどもがそうなってしまうような奥深いみどりいろをしているし、

(もと「はい、第二夜を参照してください。緑の人と一緒に森に遠足にゆく話です。帰ってこない遠足です。でもそれが「あたし」には嬉しく感じられた話です。緑の人は無口です。でも口をみつけてしまった話です。これも夢ではありませんでした。今回の『夢八夜』は、多分、どれも、夢じゃないのがポイントです。夢って、たいてい、夢じゃなかったりするものです。そうして、あ、夢じゃないんだなこれ、夢だったらいいのに、でも夢じゃないのか、うけとめなくちゃならないのか、いきてゆくしかないのか、そんなところに夢があるようにも思うんです。夢って、実は、はちゃめちゃなものじゃなくて、きちんとしてるものなんじゃないかと。ちなみに第二夜は映画の『E.T.』を意識して書いてみました。最後にふたりは月夜の森をバックに夜空を自転車で駆け上ってゆく。みどりのひとを自転車かごに入れて。そんな意気込みがありました。ですから第二夜は、ジャンルとしてはSFでした。突然みどりのひとがかぐや姫みたいに走り出しちゃってましたもんね」)

立ち読みも座り読みもうつぶせ読みもあおむけ読みもつっぷし読みももんどりうち読みもできなくなってしまっている。これじゃ、ろくに本も読むことができない。

(もと「第三夜を参照してください。鮫と仲良くなって、行き着くところまでいった自分を発見したことで、自分自身に戻ってくる話です。幸せな話です。ハッピーエンディングです。やはり夢ではなかった話です。夢に限りなく近づきながらも夢ではなかった。ちなみにこの話はスティーヴン・スピルバーグ監督の『ジョーズ』を意識しています。ですから、第三夜はジャンルとしては、サスペンス・アドベンチャーでした。とつぜん後ろにいましたもんね、鮫。そういえば、第三夜の鮫にはCGもいくつか使っている箇所があります。文章だけれど鮫をCGでつくったところがかなり苦心しました。こんな安っぽいCGだめだよ、となんどかダメ出しさえしました。ちなみに今のこの私の副音声解説はドルビーサラウンドシステムでお送りしています。失礼しました」)

俺は、しんさつを、うける。
もろてをあげてください、と俺はいわれる。
もろて? と俺はたずねる。
もろてとは、りょうてのことです、と医者が俺にいう。
俺はじぶんのもろてをあげてみた。
これがもろてなんだとおもうと、うれしくなって、もうすこし、あげてみる。これはうれしい。俺もうれしい。これはいいもの。
俺はさらにあげてみる。
もういいです、もういいです、と医者がいう。そんなにあげてもしかたがないから。

(もと「以上、もろてでした」)

あおいくすりやあかいくすりをもらった俺は、すこしすきっぷをしてかえる。
とちゅうのいずみであかいくすりをたくさんおとしてしまったが、しょうじきにこたえたら、いずみのめがみから、きんのくすりもぎんのくすりももらう。
医者からの処方があるので、と俺が恐縮しながらためらいつついったら、まあいいから、とめがみはわりとぶっきらぼうな口調でいい、ついでだから、あんまりこれ要らないから、と、銅のくすりもふつうのくすりももらう。
なんだか舌たらずなめがみである、とおもった。
俺もあぶないが、このひとも、あぶない。
だいたい、泉に暮らすなんてそれだけでじゅうぶんあぶないのではないか。
でも泉のめがみは、ぬるっと俺のあたまをなでてくれた。
なでてもらった瞬間、あぶなく、そっちに行きそうになった。
だめだよこっちきちゃ、とめがみがいう。きてもいいけど、決心はしてよね、といった。 
ですよね、と俺はいった。いつもあぶないから、ゆらゆらしてるんです。コンビニとかいっても、しなものをえらべないんです。
そうなの? コンビニあんまり行かないからなあ、泉の女神だし。
そうなんですか、アーモンドチョコレートとかすきなんですよ俺。
こんど、落としてみてよ。金のアーモンドチョコレート、とか、銀のアーモンドチョコレートとかふつうのアーモンドチョコレートとかだすから。
わかりました、俺じゃあちょっとコンビニ寄って帰りますよ。帰ったらてがみ書きます。
そうなの? だったらうんと甘い手紙がいいな。こしがくだけちゃうような。最後は、さらいにいくよ、ってことばでおわるてがみ。★とかついてるのもいいな。さらいにいくよ★、とかね。★のシール、たくさん貼ってね。
星の王子さまじゃないんですから。
『星の王子さま』は一回も読んだことがなかったが、俺はてきとうにいった。
あれ、だいすき! あの薔薇が王子さまにやきもちやいてぷりぷりしちゃうところとか。今度、貸してあげるね。あたしのだいすきなやつだから。クーピーで好きなところにたくさん線も引いたんだ。
俺は、あたまをさげた。無言で去るのがいちばんかっこいいかなと俺はおもったからだ。脳に、あたまをさげるよう、俺は指示した。脳は、俺に、たしかにそうしてもいいかもしれないね、と指示した。俺は、あたまをさげた。にんげんのからだは、よくできてる、とおもった。
俺は、その場をあとにした。
そんなかんじで、俺の泉の女神との前・後・途中が、おわった。

(もと「いま出てきた「前・後・途中」。今回の『夢八夜』ではこんなふうに引用させていただいた方をめぐるキーワードを各話ごとにいれてみました。たとえば、第一夜の荻原裕幸さんなら「ぽぽぽ」とか、第二夜のなかはられいこさんなら「ねじまき」とか、第三夜の西原天気さんなら「けむり」とか、そんなかんじで(へたくそかもしれないけれど)入れてみています。ちなみに各回の終わりに載ってる写真もですね、いや、しゃべりすぎてますね。退場しましょう。いつも、私はしゃべりすぎてるきらいがあるんだ。こないだもいわれたんです、やぎもと長いよ、と。はい)

俺は、そのご、げんきに、たくましくなってゆく。
だいすきなひとも、みつける。
まだきもちはうちあけられていないが、きっと、月蝕のころには、いえるだろう。
俺は、坊っちゃんでも、ストレイシープでも、おしゃべりな猫でもないから、きっとうちあけられるはずだ。

(もと「月蝕……。月食といえば、ええと、いや、とくに私もエピソードをもっていませんでした」)

俺は、ときどき、こんなふうなはなしをかいてみたいとおもうことがある。

ふたりは、すえながく、しあわせにくらしました。

どんなことがおきてもいい。
どんなことをいわれても、どんなことをされてもいい。
親友をうしなった赤鬼が泣いても、少年少女から爨(かまど)にふいに後ろからつきとばされても、お菓子の家がすべてカロリーメイトでできていたとしても、それでも、いい。

ふたりは、すえながく、しあわせにくらしました。

そう、さいごにしるすのだ。
しるせたのだ。その状態まで、いきるのだ。

だから、あなたにであうまで俺はいきたいとおもう。

(もと「まさにああ海が見えるじゃないか柳谷さん自殺しなくてよかったですねですよね。私の大好きな歌です。この歌があるから、生きていこうと思うんです。いつも。どんなに失敗してもくじけても挫折してもくずおれても打ちのめされても、ふいに、「ああ海が見えるじゃないか」と思える瞬間が、ある。だから、続けることです。トマト東郷も言ってましたよね。やめないこつは、続けることだって。さあ、次からラストスパートです。この危ない話の終わりです。スプラッシュマウンテンなら急降下のオーラスです。写真撮られちゃうあの瞬間です。それでは参りましょう。ここまでおつきあいくださり、ありがとうございました。どこかでまたあなたとお会いできること楽しみにしています。きっとあえますよね。いきていくってそういう思いがけないことがふんだんに起こる場所にい続けるってことでもあるんだから。それではまた!」)

柳谷さん。
いや、そうでは、ない。
俺は、やぎもともともとである。
どうじに、健さんでもある。
それからどうじに、柳谷さんでもある。
でも、俺は、まだ、あぶない。
しあわせではない。
どうじに、だから、しあわせである。
俺は、

ぎもともと
もともともともとも
ともともともともともともと
もともともともともともともともとも
ともともともともともともともともともともと
もともともともともともともともともともと
もともともともともともともともともとも
ともともともともともともともともとも
ともともともともともともともともと
もともともともともともともともと
もともともともとともともともと
もともともともともともともと
もともともともともともとも
ともともともともともとも
ともともともともともと
もともともともともと
もともともともとも
ともともともとも
ともともともと
もともともと
もともとも
ともとも
ともと
もと

と、俺は俺にねんをおすようにじゅっかいとなえた。
だから、俺は、となえなかった。
(もと「となえましょうよ!」)

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  *

床太郎はふと気が附いて、向うを見ると、遙(はるか)の青草原(あおくさばら)の尽きる辺(あたり)から幾万匹か数え切れぬ豚が、群をなして一直線に、この絶壁(きりぎし)の上に立っている床太郎を見懸(めが)けて鼻を鳴らしてくる。仕方がないから、近寄ってくる豚の鼻頭(はなづら)を、一つ一つ丁寧に檳榔樹の洋杖(ステッキ)で打(ぶ)っていた。けれども、とうとう精根(せいこん)が尽きて、手が蒟蒻(こんにゃく)の様に弱って、しまいに豚に舐められてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。床太郎は助かるまい。パナマは健さんのものだろう。
       夏目漱石「第十夜」『夢十夜』

そこで私は家へ入って、書いた、真夜中だ。雨が窓ガラスを打っている。真夜中ではなかった。雨は降っていなかった。
       サミュエル・ベケット『モロイ』

  ※

【文中に引用させていただいた短歌、或いはあぶなくなってもわたしがわたしをひきもどす夢をみるための歌】

ああ海が見えるじゃないか柳谷さん自殺しなくてよかったですね  柳谷あゆみ
  (「ベイルート」『ダマスカスへ行く 前・後・途中』六花書林、2012年)

冒頭と末尾のベケットの引用は、サミュエル・ベケット、長島確訳『いざ最悪の方へ』(書肆山田、1999年)と、サミュエル・ベケット、安堂信也訳『モロイ』(白水社、1995年)にそれぞれ拠った。

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それでは次回「第五夜 びいいいいいっとした夢」でお逢いしましょう!