テント船、氷見の伝統木造和船ができるまで。

第20期(2015年4月-5月)

みなさま、こんばんはー。

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って、すかっとさわやかな青空画像で、こんばんは~ってのもなんですが、今日は、この「テント船」のお話。

この船は、2015年3月に新造船したばかりのピッカピカのnewフェィスですが、昭和40年代までは氷見浜にいっぱいありました(今は現役で漁にでている木造和船はありません)。

海の風、潮の流れはその土地ならではのもの。かつては、その土地、というより、ひとつひとつの入江ごとに浜に船大工がいて、櫓大工がいて、土地ならではの形の木造和船を地元の木で作っていました。

海で使うものを山の材料で作る、朽ちてきたら自然に返す。
そんな、循環が日本中にあったのでしょう。

でも、いつしかFRPの強化プラスチックの船に取って代わられ、その土地ならではの木造船は姿を消して行き、大手船舶メーカーが共通の型でつくるFRP船ばかりになってしまいました。和船の需要が減るに連れて、船大工も次々に道具を収めてしまいました。

FRP船が悪いわけじゃないですよ。手のかかる、傷みやすい木造和船より、壊れてもガラス繊維を接着剤でぺたぺたと張って修理ができるFRP船は便利この上なし。時代の流れはとめられません。

でも、ヒミングが残したかったものは、木造船へのノスタルジーではなく、木造船が持つ海と山の循環、木造船をつくるときに発揮される船大工の手わざ。

残すためには、実際に作るしかなかったのです。
この9mサイズのテント船を、アートプロジェクトとして、作ろう。
船大工の技を継承するのに、弟子を作ろう、アーティストに船大工の弟子になってもらおう!そしたら、きっと「和船の核」の部分を汲み取ってくれるはず。

そんな中で、小川智彦さんに「番匠船大工の弟子」になっていただきました。

これからご紹介する動画は、氷見の現役和船船大工の最後の1人・番匠光昭船大工とアーティスト小川智彦さんの共同作業をヒミングが取材したもの。

まずは、家の棟上げ式に相当する「ダイノセの儀」です。

そして、どんどん時間とともに出来上がっていくテント船タイムラプスをどうぞ!

その1

その2

解説付きのあれこれはコチラで。

このテント船は、ただいま魚々座で展示中〜。
皆様、ぜひに魚々座にお越しくださいね。