第七章 始原の泉 

第20期(2015年4月-5月)

ここには
始原の泉があって、
乾いた地に
生える芝生のように、
知性がある。

枯草を食むと
青いままの知性が、
そこにはある。

男が泉に触れようとすると、
それはやけどしそうに熱く、
知性とはそのなかで
醸造されている爆薬だと気づいた。

犠牲を元に作られたものと、
その方法を元に模造された爆弾。

そして、男はそれが象の目であり、
また、探し求めていたものであることを知っていた。
だが、もう執着することはなかった。

ただ茫然とそれをながめていた。
男はつぶやいた。

「生きることの痛みを知ること、
生きることの半身で在ることを知ること、
それが象の目なのか。」

泉の内から声が聞こえてきた。

「生きている限り、おまえが生きる意思を持って、
そこにあることの痛みに耐え得るかぎり、
おまえが求めるものの破片を見つけることができる。
できる限りの力を込めて、全力疾走すること、
おまえの為すべきことを為すこと、
それが象の目の切れ端を受け取ることだ。」

男は言った。

「おまえは突如として、現れた。
大きな揺らめきの後に人々は金魚にのり、
沸き立つ火山の熱に燃え尽くされた後、
おまえは現れた。

おまえは確かに現れ出たのだ。
多くの悲痛の叫びの後に。
多くの痛みの後にどうしておまえは現れたのか。
黒い目でじっと私を、そして町を見つめているのか。

おまえは私から平穏を奪った。
私のなかの亀裂を大きくこじ開けた。
おまえは痛みを通して、人々に電波する。
悪質な伝染病のように。
パイナップルを町に叩きつけるとき生じる痺れのように。

しかし、おまえは
わたしがおまえであることと同様に、
人々を分かち、片鱗を黄金として投げかけた。
大きな絶望と世紀の亀裂のなかで、
私たちはおまえから切り離され、
おまえがわたしであった事実をまざまざと確認せねばならない。

ベルリンの壁が崩壊した11月6日の、勇気を出して。
人間が人間であるところの真理を、
何千年と変わることのない真理を、
そして生きるということを再任せねばならない。

私は酔っていたのだ。
長らくなかった隔絶のために、
半身が背中と同化して脆弱な心臓をも、
生かすようになった。

人は、自らのために生きるのではない。
人のなかにある自らをつよめるためでもない。
自らが人から分かたれたものであることを認識し、
一個体の生命を確認した後で、
人の半身である自らを知ることにあるのだ。」

風が渡って、さらさらと草が薙いだ。
男は象の目と認識していたものの、
泉に、手を触れた。