第二章 「偽りの象」

第20期(2015年4月-5月)

男が隣町からやってくると、
噂がまたたく間に広がった。

市場のはずれにある壁に腰かけ、
粗布をかぶって物乞いをしていたからである。
布を引き裂きまとった姿を見れば、
ヨブの如く受難を受けたことは明らかだった。

男のような身なりの者が他にいなかったからか、
町に信心深い、慈愛を持った人が多かったからだろうか、
朝、夕と二回ほど水と食物が施された。

だが、男は象の目を失い、町や家族を捨てたことを恥じて、
施す人がやってきても、講話をしようと高位の人々が訪ねてきても、
彼は黙ってしまって、誰にも心を開かなかった。

幾日か過ぎるごとに落涙し、
身もやつれて、
太陽の恵みさえ、心の渇きになった。

しかし、男はあるとき流している涙も
人の善意、施しによってできていることに気がついた。

そして見れば、自らの水滴が象の足跡のようにたまっていた。
そこで象を自らが座っている壁に描くことを思いついたのである。

涙であるから、なぞった後もわからないくらいのシミであったが、
男は恵みが形を残したことに満足をして、眠りに就いた。

次の日、男が用を足して戻ってくると、
座していた場所には人だかりができ、大変な騒ぎになっていた。

「どうしたのか。」

彼は身近にいた子どもに話を聞くと、子はお辞儀をして言った。

「あなた様がおつくりになった宝の象を拝見しに皆が参っております。」

男は驚いた。人々は子どもとの会話を聞きつけて、
象の前に集まってくると、それを拝んだ。
彼が奇跡の人であると思い込んだからである。
町長や貴族もやってきて、大変な騒ぎになった。

だが、男が壁を見ても、きのう描いた通り、
シミの象にしか見えなかった。

それでも宝石が埋め込まれた象に見えているらしく、
皆は、「万歳、万歳」と繰り返した。

男は人々の施しによって生きられたことを
ここに微かに描いただけなのにもかかわらず、
皆がそれに惑わされているのを見て、
悲しみが増していることに気づいた。

彼は知らぬ間に涙を流していた。

そして人に金づちを持って来させると、
自ら壁を破壊してしまった。

人は男が奇跡を破壊したことを目撃すると、
落胆し、また宝石がどこを探しても
見つけられないことに気づいて、
彼を破壊と詐称の罪で、牢屋に入れた。

男は自らが認められず、人々の見ているものと
自らの見ている世界とが違うと悟り、一つの疑問を持った。

「もし町の人々が象を見る目を持っていたのなら、
ただのシミを宝石と見間違えることなどなかったはずだ。」

そして、彼は牢獄のなかで、絶望をはらんだ答えにたどり着いた。

「誰もあの場にいた者は貴族も子どもさえも皆、
目の中に象を持ってはいなかったのだ。
だが、誰も象を持っていないのだとしたら、
象は一体どこにいるのか。もう滅びてしまったのか。」

しかし、男には象はまだどこかにいるという
心からの確信があった。

それで、どこで象を失くしてしまったのかを知るために、
自身の中に深くもぐることを考えた。

目を閉じ、体の奥底にある通路をたどっていった。

自らを成り立たせていた象がどこへ行ってしまったのか。
何ものであるのか。

真実を知るために、瞑想した。