豊かさについて

第24期(2015年12月-2016年1月)

心豊かに暮らしたい。
人類の永遠のテーマではないでしょうか。

.

「仕事以外の夢」について話をすることがありました。
仕事とはその人生の夢のために存在するべきである、という考えについて話をしたのですが、それをきっかけに考えてみた今の私の夢というと、、

①季節を楽しめる時間があって、一緒に楽しんでくれる親しい人がいる。
②寂しい時、悲しい時に連絡を取れるような信頼できる人がいる。
③暮らしの端々で、感動できて、泣いたりできる。

他にも具体的な候補が沢山候補があったのに、書きながら何か違うかも…と思って書く・消すを繰り返していたら、この三つが残りました。

夏はバカンスやダイビングを楽しみたいとか、冬は暖炉のそばでホットワインを楽しみたいとか、、具体的な画がいくつも想像されていたのに、いざ書いてみて「それを実現させた時、本当に私は豊かなのだろうか」ともう一度考えると、何だか違う気がして消してしまいました・・・

ちなみに嬉しいことに②は既に実現されているのですが、①は出来たり、出来なかったり。③は何故か出来ないでいます。(心の中では大号泣…ということはよくあるのですが。それはカウントできるのだろうか?)

そして、文章だと消せるのに、心の中ではしぶとく消えない煩悩があるのも悩みどころ。
あれが欲しい、これが欲しい・・・あそこに行きたい、遊びたい、食べたい、、エトセトラ。

無欲になるのが一番というのも何だかしっくり来ない。
喜びを淘汰して、必要最小限の欲を見いだすということなのでしょうか。

.

写真 2015-12-01 0 19 15
〈登校中に美しい木漏れ日〉

学校の話をします。

私の通っている学科は学生の殆どが大学院に進学します。理由は人それぞれだと思うけれど、大体は技術をきちんと体得した上で自分の表現をするには研究制作がもう少し必要…みたいな事を感じる学生が多いのかなと思っています。
いざ大学院に入ると、一年は自由研究ができるけれど、二年目は就活と修了制作で大忙し… いつも思うけど、就活と卒制・修了制が被るのは本当にどうにかならないんだろうか。…って美大に限らずですが。
わかってはいるけれど、来年度は我が身と思うと冬眠したい気分になります。

そんな訳で、将来について考えたり話す機会が増えたのですが

友達と話していると特に、「心豊かに暮らせればそれで良いんだけどね…」というような結論に至ることがとても多いです。

若いのに、と言われてしまいそうですが、本当にそういう友達は多い。(私がそういう考えだから自然にそういう子と集まっている、というのもあるだろうけど。)
まあ、野心が無いとか、希望が無いとか、そういう訳ではないのですが。

関係があるかどうかは定かでないけれど、私は2011年に入学しました。3.11の震災があった年です。

たしか3月11日は藝大の合格発表の1〜2日前くらいで、私は合格発表を見て入学手続きをして次の日に実家の福岡に新幹線で帰省したと思います。
その年は藝大も入学式が無かったし、1年生が通う取手校地には、たまに(おそらく放射線量の)計測に人が来ていて、私も1年間震災を感じながら過ごしていました。

バブルが弾けた90年ごろに生まれ、ハタチ頃に震災を経験。

幸か不幸か、私たちの世代は生活についてもう一度見直す感性はきっと強くて、現に同世代でアンテナを張って動いている人も沢山います。

私は自分の幸せとの両立を考えるとものづくりしか出来ないかもしれないけれど、それが人の豊かさに繋がっていくと嬉しいなあとも考えたりしています。