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2F/当番ノート

公園

当番ノート 第26期

高校1年の夏、私はサッカー部を辞めた。
そしてそれを数週間、親に隠していた。
今から思えばちっぽけな問題だが、当時の私にとっては何よりも大きな問題だった。
部活に行ったフリをするというむなしい日々が続いた。
平日は学校帰りに本屋に寄って時間を潰し、休日は試合で遠出をしているフリをしなければならなかった。

試合がある日にはスパイク、ユニフォーム、レガースを部活用のエナメルバッグに詰め、朝早く家を出て行った。
少し離れた駅まで電車で行き、寂れた小さな商店街を行ったり来たり歩き回っていた。
昼には母親が握ったおにぎりをベンチで食い、夕方最寄り駅まで戻ってきた。
そして夕暮れ時に近所の公園に寄って、洗濯されたままのユニフォームとスパイクを公園の砂でサラっと汚した。
汗でも流しといた方がええかなと無駄に公園の雲梯で懸垂をした。

体を動かした後の爽快感に身を包み、不自然なほどの明るさで家に帰った。
「試合で疲れたやろうから、今夜は肉焼いたわ」と母親が笑顔で待ち受けていた。
せっかく焼いてくれた肉も、焼かれたタイヤを口にしているようだった。

それからさらに遡ること5年前。
私は数人の友人たちとその公園で毎日のようにサッカーをしていた。
顔ぶれが変わらなくとも、技術が上がらなくともまったく飽きることなくサッカーに夢中になっていた。
日が暮れてボールが見えなくなるまで蹴り続けていた。
サッカーで負けるよりも、友達より先に家に帰る方が屈辱であった。
当時の私たちはトーキックと呼ばれる、飛距離は稼げるがどこに飛んでいくか分からない蹴り方をしていたので、
蹴ったボールがよく柵を超えて向かいのマンションの敷地に入った。
そのマンションは敷地内にプールやフランス料理店がある高級マンションだった。
管理人に事情を話し特別に中に入れてもらい、ロビーをあちこち観察することが密かな楽しみであった。
あの頃の私たちにとっては一つの冒険であり、数分の間だけ異世界を味わうことができた。

一緒にボールを蹴っていた仲間の一人は既にこの世にいない。異国の地で亡くなった。
人から直接聞いたわけでも、友人から電話で聞いたわけでもなく、5年前に何気なく見ていたFacebookのページで訃報を知った。
その夜は慟哭するでもなく、ただただこの公園の景色が頭から消えなかった。

先日、ふと思い立って数年ぶりに公園を訪れた。
かつて私たちがゴール代わりにしていた雲梯は跡形もなく撤去されていた。
その代わりに滑り台と雲梯と登り棒とボルダリングを一纏めにした奇妙な遊具が、
これ以上ないくらい強烈な色を放って公園の真ん中にずっしりと立っていた。
あまりの変貌に思わず笑いがこみ上げてきた。

数日後、再び公園に寄ってみると小学生たちが中央の遊具をもろともせずサッカーをしていた。
変わっていない子どもたちの姿に嬉しさがこみ上げてきた。

アパートメント用公園

8年ぶりに故郷神戸で暮らし始めた。
近所を歩くたびに、無くなった物の多さと新しい発見に驚かされている。
まだ見ぬ景色を垣間見たいと思い彼方此方歩き回っていた頃には感じ得なかった感覚を、
かつてお世話になった地を再訪することによって味わえることをこの歳になってようやく知った。

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4月から毎週金曜日の連載を担当させて頂くことになりました。

通勤・通学のお供に、寝酒の肴に一読頂ければ幸いです。

2ヶ月間どうぞよろしくお願いします。

キタムラ レオナ

キタムラ レオナ

キタムラ レオナ

1988年兵庫生まれ

Reviewed by
加藤 志異

連載のレビューを書いてみないかと、ウェブマガジン・アパートメント管理人の鈴木さんからお誘いいただいた。
レビューなんて、どう書けばいいかわからず、どきりとした。
だいたい僕は最近、あっちにもこっちにも顔を出し、怪しいことばかりやっていて、なんだかどうにも忙しい。断ろうかと一瞬思ったが、もしかしてこのレビューがきっかけで、何か面白いことが起きるかもしれないぞ!という妄想が、どこからともなく湧いてきて、結局書かせてもらうことにした。
キタムラレオナくんという、1988年生まれの27歳の若者の連載だ。
まだ彼に会ったことはない。
僕は40歳だが、27歳のころは何をしていたっけ?と、ふと考る。
キタムラくんは8年ぶりに故郷の神戸に帰省した。
故郷は記憶の火薬庫だ。
美しい思い出、忘れたい絶望、その他あらゆる種類の記憶の火薬が、故郷の様々な場所に設置してある。
記憶の火薬は、鮮やかな花火にも爆弾にもなるのだ。
現在の神戸で、キタムラくんは記憶の神戸と遭遇する。
キタムラくんは変わり続ける故郷で、どのように生きていくのだろう。
二か月の連載で、そっと彼の生き様を見続けて行きたい。

妖怪 加藤志異

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