愛のかたち−08「冬の小鳥」子供たちへ

第26期(2016年4月-5月)

夏がくると脳内再生の始まる歌が韓国語なので、俄かにフライトの予約をしたくなる。あちらへ着いても特に観光などはせず、ソウル郊外にある団地の26階のリビングで、ベランダの先の奈落に怯えながら普段は見ないテレビを点けて、景気の良い音楽番組の前にでもひたすら座っていたい。冷麺と西瓜をいただけるだろう。午後には外へ出て、猛暑だ酷暑だと騒ぐ現地の人に紛れて、31℃なんて日本では最早暑いうちに入らないのだと涼しい顔をして、公園に並ぶ屋台の中でも一番地味な店でモチモチのとうもろこしを買う。
こんなふうに具体的に思い描けるのは、その友人宅には幼い頃に良く遊びにいっていて、とうもろこしをかじりながら眺める夏の木陰の移ろいが私の原風景になっているからだ。
「帰りたい場所」というラベルがそうしていくつかの光景に貼られていく。タイの安宿から通りへ出た瞬間の眩さに。フィリピンのとある村の、椰子の根元に積まれていく土色の果実の殻に。ギリシャの山路の交差するところで目の高さに夕陽の差す瞬間に。ぺたぺた。該当の場所にはがんばれば実際にいつでもいける。だからといってすぐさま向かう必要はないし、そこに骨を埋めたいかといわれても微妙なところで、その程度のものなのだけれど、ただ思い出す度にその残像が脳内のフィクションエリアに輪郭線を深くしていって、時々私の意識にまことしやかに訴える。これが「懐かしい」でしょう、と。

仕事で10歳代の子供たちと接する。一度は自分も経験した年齢における感覚や思考を、可能な限り考慮しようと試みる。きっと自意識が繊細ね、とか、こちらにたいして関心はなくても自分の常識から逸脱するような言動にはショックを受けるかもしれないな、とか。
高校生のとき、私はずっと洒落にならないくらい不真面目な生徒だったのに、受験を前に泣きついたら先生は快く特別授業を設けてくださった。今、同僚になり得る歳で、あの時期の先生が日々痩せて見えたということの意味が突き刺さるようになった。
脳に焼きつけようと特別に意図したもの以外、否それらを含んでも、どの経験が有効な記憶となるかは絶望的にでたらめに選ばれると思うのだけれど、そのでたらめな濃度にかかわらず留まったものは呼び起こされ再認識されるときがある。私の言動、表情や相槌の1つが子供たちの中でいつ何に化けるのか、若ければ若い程こわく、おもしろいのは、その可能性が相当に広いことだ。
子供たちを慈しむ理由はたぶんそこにある。でなければ事故も離別も裏切りも、ぼんやりと生かされている子供より、悩みながら生き抜いてきた年数の多い人、背負うものの積み重なってしまった人に降りかかるほうが余程「可哀想」だ、と感じることさえある。

「冬の小鳥」(原題:《여행자》(旅行者)、《Une vie toute neuve》、監督:ウニー•ルコント、製作:イ チャンドン他、韓仏合作、2009年)は、韓国からフランスへ渡り養子となった監督の経験を元にしている。

1975年、9歳のジニは大好きな父親と旅行に出かける。しかしある施設を訪れると、父親は彼女を置き去りにする。
この映画は全体的に少女ジニの視点でわかることしか描かれない。
彼女と一緒になって状況を把握しようと試みながら、舞台が外国ということもあり、映画「わたしを離さないで」のヘールシャムのようなところだったらどうしよう、などとも思ったけれど、そこは孤児院だった。カトリック系で、主に北米や西欧の里親との養子縁組をとり持っているようだ。架空の施設ではないらしいので、時代を考えると戦争孤児も多かったのではないだろうか。
私は孤児じゃない、だから迎えがくるのだ、とジニは待ち続ける。そして彼女は受難のプロセスを辿る。反発し、絶望し、死に、蘇る。

イ チャンドン監督の「ペパーミント キャンディ」を入手できずこの作品を探し当て、少女が主人公の悲しい話なんて悲しいに決まっているじゃないか、と戸惑いながら観たのだけれど、悲しいというより圧倒された。絶望も希望も生命力も、静かに、見せ物には相応しくない程の切実さで描かれている。

【以下ネタバレ】?

子供でなくても、人間は運命に翻弄されたときには自分ではどうにもできず流されていく存在だ。
その運命をジニが引き受ける瞬間がいくつかある。教会で「エリエリレマサバクタニ」を聞いて、自分にはもう父親はいないのだと悟ったとき。小鳥の墓を掘り起こして自分自身を埋めたとき。カメラの前で初めて作り笑いをしたとき。
そしてフランスの空港に降り立って養父母の待つ方向を見据えたとき。そう、英題は《A Brand New Life》なのだった。
親に捨てられた経験は一生残るだろう。けれど、その上で自分の人生を自分のものにし、新しい未来を選んだという経験も残る。
旅路の残像がその後の長い日常の時々に映り込むとして、先に挙げた私の「帰りたい場所」がどれも太陽の光に彩られているのは、おそらく自分のためにそういうものを選んできたのだ。願わくはジニが、父親の顔を飛行機の中ではもうはっきりと思い描かなかったその調子で、彼との思い出の場所を「懐かしい」と思う日がきませんように。

「むしゃくしゃするときは布団を叩きな」とジニを叱り、彼女の歌声に心を震わせた、厳しくて少し優しい愛ある寮母さんのように、いつかなりたい。
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