愛のかたち−02「うつせみ」空き家を支配するには

第26期(2016年4月-5月)

他人の家で、1人でこの映画を観た。
その日何時にきても良いよと鍵を与えられていた。少し不思議な気持ちで向かった、エレベーターを降りてすぐの801号室。差し込んだ鍵は一度でかちゃりと回った。
革靴の隣にそっとバレエシューズを並べ、細長い台所の先にある部屋の、磨りガラスから淡く光の滲むドアを開ける。…やっぱり誰もいない。
ベランダへ出る広い窓とデスクとソファが3辺を、高い本棚が隅を占める、すっきりとした10畳ほどの部屋だ。入るのは2度目だ。鞄を下ろし、カーテンレールに引っかかっているハンガーにジャケットを着せ、ソファに浅く腰かける。背凭れにハンカチが乗っているのは忘れていったのか。仕事に出かけた家主は私のためにiMacの電源を点けてくれている。キーボードを叩く音が聞こえてきそうだ。
他人の部屋の中で、他所他所しい家具やお洒落なポスターに囲まれて、私は少し小さくなっている。でも、徐々に手脚が伸び始める。
デスクの上に散らかっている本を揃え、空いた場所に自分のタブレットを開く。音楽をかけてみる。そこでふと気づき、空気清浄機のタンクを満たしてスイッチを入れる。某イオンは、ワルツのリズムに震えながら、部屋の隅々まで、私の身体の中まで、循環する。
タンクの蓋を開けるときに爪が割れたので、整えるために爪切りを探し出す。ここは嗅覚だ。ぱち。ぱち。私の音が天井に当たって跳ね返る。ごみはごみ箱へ。作業をしているとお腹が空く。持ってきたプリンを食べ、湯を沸かしてティーバッグの紅茶をいただく。ごみはごみ箱へ。お手洗いは出て右。
日が沈むにつれて身体が冷える。エアコンを入れて、ソファに身体を沈めると、何だか力が抜けてきた。…眠ってしまおうか。ソファの端に毛布も畳んであることだし。こうして夜が更けて、家主が帰ってきたら驚くだろうか。友人であって恋人ではない彼だけれど、笑って許してくれるように思えてならない。だってもうこんなにも、私はこの部屋に溶け込んでいる。
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人間の生活に必要なものはある程度共通しているのだ。食料、水、熱。電子機器はどれも同じ発想で動くし、大人だから後始末もできるし。…そんなことを考えるのはやっぱり小心者だけかもしれない。
他人の家を占領する背徳感にたいして、この映画の登場人物は最初から肝が据わっている。

「うつせみ」(原題:《빈 집》(空き家)、監督:キム ギドク、2004年)は、楽しめる映画なので人に薦めやすい。ヴェネツィア国際映画祭監督賞受賞。

美しいソナは、資産家である夫から暴力を振るわれている。ある日、家にやってきた青年のバイクに乗って出奔する。
青年は、呼ばれることはないが一応名前はあってテソクというが、留守宅に忍び込んでの生活を繰り返していた。これ、合意の上なら、AirBnBなんかに先駆るアイデアだ。合意の上ならね。慣れた手つきでピッキングし、我がもの顔で食材を利用し、風呂場で洗濯し、壊れている玩具や家電を直す。彼の動きは無駄がなくて、楽し気で、大した罪はないように見えてしまう。…歯ブラシまで借りちゃうところ以外は。
ソナも行動をともにする。違法で奔放で真摯な暮らし。豪邸での生活から突然の借り暮らしだけれど、ここには主体としての彼女がいる。不法侵入者にたいしてさえ虚ろに身を隠していた彼女とは違う。

家の中に入ると外からは見えない問題もわかってしまうものだ。家主が戻る前に家を後にすることもあれば、見つかって殴られることもある。2人はついに警察に捕まる。それから、どうするか。
ソナは思い出の家を求める。韓国の伝統家屋はその日は空き家ではなかったが、彼女は昼寝を許される。
誘拐犯テソクは独房で鍛錬を始める。そして見えなくなっていく。見られる彼の身体は消え、見る者としての視線が残る。この俳優は目力で選ばれたという。

【以下ネタバレ】

夫はソナを求めているのだが、1人の人間として尊重しない。自分の支配欲や嫉妬心に妨げられて、彼女の求めるものがわからない。だから、妻が自分ではなくその向こうを見ていても気づかないのだ。「愛してる」の言葉が自分を素通りしていても。実際のところ、3人全員が求めるものを得たということになる。
夫の身体はソナを打ったが、テソクは身体を消すことで彼女に寄り添うことに成功した。
視界にいつも愛しい人の姿が、影が、見え隠れする。虚ろだった家に幸福感が満ち、空き家では今日も2人きりのひそかな生活が営まれる。