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2F/当番ノート

suicide cats in seaside③

当番ノート 第28期

suicide cats in seaside①

suicide cats in seaside②

アマリがまだ 海の底で揺らぐ粒子だった頃、老いた人魚から様々な伝承歌を聴かされていた。
その歌は時間をかけて命に染み込んでいき、人魚を形成する核となっていく。

”泡沫人は揺蕩いながら 光の彼方へ遠ざかる 

交れば命は永遠となる 神様からの捧げ物

掠れることは許されど 染まることは許されぬ

喰らうことは許されど 堕ちることは許されぬ”

気づけばアマリは歌っていた。かつて感じたことのない、言い知れぬ恐怖を和らげるために。

それは人の魂を喰らい尽くす破滅の歌だったが、ぽかんとした表情を浮かべている様子から、毛むくじゃらには何の効果もないように見えた。

毛むくじゃらは訝しげにアマリを見つめる。

「きみ、大丈夫?急にのどを鳴らしたりなんかして。どこかくるしいの?」

「…ええと。ごめんなさい。大丈夫。

 その、見つかることを祈ってるわ。あなただけのさかな。わたしは用事があるから、もう行くね。」

この不思議な生物を前にすると、自分が自分ではなくなるような、何とも言えない不快感があった。
アマリは無理矢理に会話を終わらせて、毛むくじゃらにくるりと背を向けて泳ぎ出した。

”ボチャンッ…”

別れを告げ数秒も経たない内に、何かが海の中へ落ちる音。
その何かが何なのか、アマリは瞬時に悟り、ため息をつきながら海の中へ潜った。

「…だから、水の中では死んでしまうって、わかってるはずでしょう。」

抱っこした毛むくじゃらをもう一度岩場に乗せて、諭すように語りかける。

「さかながどこにいるか、きみは知らないの?大抵は水の中だよ。」

「…そうね。とにかく、あなたがあなただけの魚を探すのは自由だけど。
 目の前で自殺行為をされたらこっちとしても、気分がいいものじゃないの。第一あなた、泳げるの?」

自身の言葉に矛盾を感じない訳ではないが、アマリの正直な気持ちだった。

「前に進むのはむつかしいけど、沈むことはできるよ。なかなかうまいって、評判だよ。」

それ泳げないってことじゃない、アマリはこの言葉を飲み込み、毛むくじゃらにある提案をした。

「…わかったわ。わたし、あなたの魚を探す手伝いをする。見つかるまで、そばにいる。わたしは海の生き物だから自由に泳ぐことができる。あなたをおんぶして、時々海の中に潜って、あなただけの、たった一つの魚が見つかるようにサポートをするわ。どう?」

「そいつは名案だ!」

毛むくじゃらは嬉しそうにへんてこな踊りを踊った。

毛むくじゃらの歓喜の舞に、アマリは思わず笑顔になっている自分に気づき、困惑する。
なぜ突如現れたこの不可解な生物のサポートを、自ら名乗り出てしまったのか。
それは自分ではどうしようもない、衝動であり本能だった。

幼い頃、老いた人魚が初めて恋をした時の話をしてくれた。

恋をする者と対峙した瞬間、最初は”いやな感じ”がするのだそうだ。

ぐるぐるとめまいがして、吐き気がする。
大きな鉛を飲み込んだように身体がぐったりとして、耳鳴りがする。
逃げ出したくなったり、その場で泣きわめいてしまいたくなるのだそうだ。

それはこれからまるで違う魂と魂が交流することを、全身で感知するからだと言っていた。

                                                                                                                                                                                                           

「ねえ変なこと聞くけど、いい?あなた、人間じゃないよね?人間の、それも男の子じゃ。」

「ぼくはぼくだよ。人間じゃない。どちらかと言えば、ねこだよ。」

「ねこ?それはあなたの名前?」

「わがはいはねこであるが、名前はまだない。」

「あなた、本当に変わってる。ねこさん。わたしは人魚。人魚のアマリ。ってさっきも言ったけど。」

「あまり?」

「そう、それがわたしの名前。
 そうだ、あなたに名前をつけてあげるわ。…毛むくじゃらなねこさん。ケムクジャラナネコサン。ん〜。」

「ムジャン。あなたの名前。ムジャン。どう?」

「むじゃん。ぼくの名前?」

「そうよ。ムジャン。さあ背中に乗って。わたしが知りうる限りの、いろんな魚をあなたに見せてあげる。」

アマリは毛むくじゃらのムジャンを背中に乗せ、
一番最初に思い浮かんだ”さかな”のもとへ、意気揚々と泳ぎだした。

suicide cats in seaside④へ続く

rico amje

rico amje

リコアムジェと申します。melu:の歌担当。絵描きと弾き語り。
ねこのクッカとニャーニャー愉快に暮らしています。
アパートメントでは、短い絵本をお届けします。

Reviewed by
山中 千瀬

自分にどこか似ている人よりひとつも似てない人のほうがきっと少ない。自分に似てない人に出会うときの、いちばん遠いパラレルワールド同士が交わるみたいな感動ったら

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