その日:アパートからアパートへ

第29期(2016年10月-11月)

その日は雨が降っていた。

荷物を運び出している車の中で、YUIの「東京」が流れた。

 正しいことばかり、選べない、それくらい、分かってる。
 答えを探すのは、もうやめた。間違いだらけでいい。

福岡から東京に上京してくる彼女の心境を歌ったこの曲を、いままでも好きだったけれど、なんだか今日ほど沁みてくる日もないなと思った。窓ガラスに小さな雨粒がついていくのを、ワイパーが繰り返し、ゆっくりと払っていった。

掃除をしに戻ってきた家は、がらんとしていて声が良く響いた。

「匂いが違う!」夫が驚いて言った。最初に内見に着たときと同じ、建物の匂いがした。今朝まで私たちの家だった空間が「物件」に戻ったのかもしれない。寝室にしていた和室は、久しぶりにい草の匂いが立ち込めている。ごろんと寝転んで天井を見た。この部屋の天井を通る一本の梁に一目惚れして決めた家だった。

「家具をどかしたから、香るのかな?」色々と言い合ってみるけれど、真相はわからない。

照明を取り払った部屋は、一度日が落ちるとあっという間に暗くなった。急いで残しておいたランプをコンセントにさす。 古いフルートをリメイクしたランプは、この町に引っ越してきたときにがらくた市で見つけたもの。毎日見ていた光に、明かりの温かさと同じくらいほっとした。

ここはまだ、私たちの家だ。

1階で夫がキッチンの掃除をしている音がする。私は寝不足が響いて、現実と夢の間に浮いている。感傷に浸るには疲れすぎていて感覚が上手く機能しない。掃除をしなきゃ。何から始めよう。頭も上手くはたらかない。そうして時間が過ぎていくことが惜しいなと思う。明日からは別の流れが私たちを運んで行って、この気持ちは綺麗に上書きされてしまうのに。

ふと思い立って、私は夫の「捨てていい?」攻撃を交わして、家に最後まで残してあったドライフラワーを全部集めて並べてみた。それらは結婚式のときに友人たちがブーケを作るために持ち寄ってくれた花や、この家に遊びに来た友人たちが持ってきてくれた花を、その度にドライにしたもので、結構な数になった。私のここでの歴史みたいなものだ。そこに夫が大事にしている象の置物も並べてみた。自分の小物は早々に片付けてしまった彼だけど、それだけは最後まで残していた。

彼は象のモチーフが好きだ。出会った頃のメールアドレスにもelephantと入っていた。その理由を聞いたときの、答えが私は好きだった。

「昔読んだ本に出てきた小さな象が杭に繋がれていてね。ある日、象は鎖を外されて杭から自由になるんだけど、それでもあんまり遠くにはいかないで、必ず杭の場所まで戻ってくるんだって。それが自分にとっての故郷と重なったんだよね」

今まで私が点々と住んできた町にあったのは、どれも終わりがあることの分かっている一時的な暮らしだった。家族の転勤が終わるまで。高校を卒業するまで。大学を卒業するまで。結婚するまで。ここは初めて自分で杭を打った場所。自分の家族を作って、仕事を作って、根を張ろうとした町。そこから明日、杭を抜くことになる。私は杭を抱えて旅に出て、その旅が終わったら、また新しいどこかにそれを打つことになる。

カーテンの払われた部屋から夜を眺めた。知らない町に旅立つとき、いとおしかった窓の外が消えて真っ白になる。時おり不安の影が差して、灰色になったり、黒くなったりする。

知らない町の、新しい部屋に落ちつくとき、その白が埋められていく。まだ見ぬ町の、まだ見ぬその部屋を想像してみる。夜風、少し混ざる排気ガスの匂い、クラクションの音、通りの話し声。きっと私はその全てに感謝するのだろう。

翌朝は晴れていた。

階段の天井についていた照明をひとつ外し忘れていて、2件隣の部屋に住む建築士さんに脚立を借りにいった。
「ああ、どうぞ、どうぞ。もう今日なんですね。南米、楽しんできてね」。

私は御礼を言った。脚立の件は勿論だけど、なにより私たちの寝室に梁を残してくれていたことについて。大家さんと元から仲が良く、その家をアパートに立替える設計を担当したその人は、その設計が気に入って自分でも部屋を借りていた。サバサバと明るい奥さんは、ちょうど外出していなかったけれど、その人に対してもお礼が言いたかった。その人とは何度かお茶やお昼を一緒にしたし、お隣のお母さんやちびっ子達も誘ってバーベキューしようという話もあった。長屋バーベキュー。結局できなかったな。それが少し心残りだ。

管理会社の人は午後から来ることになっていた。コンビニでお弁当を買ってくる役を買って出て、私はこっそり公園に寄り道した。池に流れ込むせせらぎが太陽を受けて、光が飛び散って、寝不足の目に眩しかった。

目を閉じる。

今日も日が暮れて、夜の帳が降りる頃には、森が膨らみ出す。これから季節は秋に向かう。やがて木々が色づいて、葉が命を燃やして、土が香って、すんとした冬がやって来る。そしてある朝、突然、空と水面を埋め尽くす誇らしげな桜に出会うのだ。何度でも、何年繰り返しても、それは驚きと喜びに満ちていている。

触れないけれど、手の平にそっと包んで大事にしておきたいものがあった。私は手をそっと広げた。溢れんばかりの光の中、それはすっと上手く飛び立ってくれた気がした。

家に戻ってくると、管理会社の人が約束の時間より1時間半も早く来ていた。前の物件が早めに終わったらしい。
「あー掃除なんて、どうせクリーニング入れますからもういいですよ。それよりチェックを済ませちゃいましょう」

夫はほぼ徹夜でキッチンや風呂を磨いた。私は先に体力が尽きたけれど、今日は早起きして部屋の隅々、押し入れの中や窓の桟にまで雑巾をかけている最中だった。彼らにとっては事務作業も、私たちの暮らしの大事なけじめだ。まだ約束の時間じゃないのに。もう出て行けってことなんだろうか。こんな気持ちで去りたくないのに。

やんわりと管理会社の人に伝えると彼らは出掛けに謝ってくれた。「鍵はかけちゃいますが、車は駐車場に夜まで置いておいてくれていいですよ」

「助かったね」あとで感傷担当の私を、実務担当の夫が褒めた。これで車を置いたまま市役所に行けるので今日の動きが楽になるという。どう消化していいかわからない気持ちを、彼は上手く放ってくれた。

私たちは眠気と闘いながら、市役所に行き、住民票を抜き、旅に必要ないくつかの買い物をした。

町を出る頃には、日が暮れはじめていた。

思い出したように小雨が降り始める中、自分たちのものが何もなくなったアパートの前から車を出そうとしていたら2軒隣の奥さんが帰ってきた。
「わー!良かった会えて。これからご飯作るんだけど良かったら後でお茶でもしにいく?」

時間の境目の分からない2日間を経て、今日はもう終わりにしないとね、という合意が私たちの間にはあった。

今度こそ、もう、出て行くときなのだ。

私がまだ少し寂しそうだったからか、奥さんは思い出したように言った。
「前にも言ったけど、私たちは一番良い時代に生きているのよ。それを楽しまない手はないんだから。」

この町に暮らした3年間、色々なことがあった。流れてくるニュースは勿論良いものばかりじゃなくて、そのいくつかに私はひどく落ち込んだりもした。そんなときに奥さんとお茶をしていたら、彼女はそう言ったのだ。「そりゃ正しいことも間違っていることもあるわよ。だからって悲壮感を漂わせる必要はないんじゃない。過去に比べたら、いまが一番よい時代でしょ。戦国時代でもなければ、女性が学校に行けない時代でもない。海外にだって自由に行ける」

あの時と同じように私はふっと笑った。彼女もまた、私の中から何かを放ってくれたのだ。

「良い旅を!」2軒隣に歩いていきながら彼女は言った。
会釈をしながら心のなかで、そっと彼女に言葉を送った。「良い日々を」

車に乗り込んで、もう一度アパートを見た。それは、とても静かな佇まいをしていた。語るべきことを全て語り終えたかのように無言だった。

ドアには管理会社の札がかけられ、ポストにはガムテープが貼られている。これまで私たちに「いってらっしゃい」や、「おかえり」を伝えてきてくれたのだ、ということに彼らが無言になって初めて気づく。

車を降りて、ポストを撫でた。やっぱりと思って、ドアも撫でに行った。そっとキスもして、それからお腹に力を込めて「ありがとう」と言った。いままで声に出したことなんてなかったけれど、今日はちゃんと声に出さないといけなかった。

「大丈夫かい?」夫が聞いた。「もう大丈夫」と、私は言った。

時計の振り子のようにあっちこっちへと揺れた感情が、カタンと振り切れた気がした。

私たちはカーナビをセットした。これから暫くは、私の実家に滞在する。
着くころには母が久しぶりの夜ご飯を用意して待っていてくれるはずだった。

2015-08-28 02.00.10