断章7(分離について)

第29期(2016年10月-11月)

serapate

ひとつであり無限であるものが、
根絶やしにされて、
「私」となった。

(パウル・ツェラン「かつて」)

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この世界に争乱をもたらすための簡単な方法は、人々を小集団に分けることだ。最初のひと押しは実に単純だ。「お前とあいつは違う」と分けさえすればいい。「こちら」と「あちら」――そうなった途端に、人々は競争的な意識を持つようになる。制御できなくなった競争的な意識は敵意に変わり、そして敵意は争乱を生む。

分かつこと、「分離」の幻想。この幻想を前にして、私たちの成熟の度合いが試される。

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この文章を書いている前日、アメリカの大統領選挙が行われた。その結果は読者の知る通りだ。この選挙の結果について物することはここでは控えたいが、この選挙は私たちの中にある根深い分離を浮き彫りにしたように思う。対立候補の間の分離、彼/女らを支持するアメリカ国民の間の分離、そしてそれを眺める他国民の間の分離。インターネット上では、候補者たちに対する罵倒が公然と行われていた。昨日、街中を歩いていたら、女子高生たちが当選者に対して罵り言葉を吐いていた。絶望する声、諦める声、期待する声……様々な声が世界中で飛び交っている。

これから政策について冷静な判断が求められることは言うまでもない。だが、それよりも深刻であるように思うのは、現代になってもなお私たちは分離の幻想を克服できていないということだ。「こちら」と「あちら」に分けて、躊躇いもなく互いに罵り合い、互いに攻撃し合う。いかなる政策にも先立って、私たちのこの愚かさがあらゆる争乱を生む。

当選者の政策を憂う人は多い。だが、当選者に対して死を願うような言葉をたやすく口にできる人間が数多くいるということの方が、私には憂うべきことのように思われる。

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科学・医療・経済の発達はとどまるところを知らない。その恩恵によって、私たちの生活はますます快適になっていくだろう。だが、私たちが分離の幻想を克服できなければ、その恩恵はそのまま毒に変わる。

遺伝子技術の発展は優生学を押し進める。遺伝子や家柄によって、生まれる前から社会的な地位が確定している。すべては数字で管理される。富める者はますます富み、貧しい者は金で買われて奴隷のように虐げられる。最先端の医療を受けられるのはごく一握りである……これらをもたらすのは技術そのものではない。人々の間に分離を見出そうとする私たちの愚かさである。

かといって、友愛や統合といった概念を前にすれば、人はたやすく悪酔いする。愛やつながりというものは確かに大切だが、これらを強調するあまりに倫理観が崩壊していく光景は見るに堪えない。私たちは、物質と精神との中道を、ドライさとウェットさとの中道を行かなければならない。どちらかを欠かせば片手落ちなのだ。

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(ところで、これまでのコラムにおいて、私はずっと1つのモチーフを念頭において文章を書いてきた。天使が龍を踏みつけるというあのモチーフである。天上から落ちてきた龍は地上で暴れまわっている。私たちは、あの天使のように龍と戦わなければならない。その天使の名は「神に似た者は誰か?」――)