燃える冷蔵庫、カブトムシと赤い傘

第33期(2017年6月-7月)

半分こえた。
という文句で始めたこの連載も、半分をこえた。

というのは言いたかっただけで、本題は昨日「ソール・ライター」展に行ってきたことだ。渋谷のBunkamuraで開催されていた。

ソール・ライターというのはアメリカ人の写真家で、ニューヨークを舞台に写真を撮り続けてきた。ときどき絵も描いた。

若い頃は芸能人の華やかなグラビア写真で有名になったけど、60歳くらいに引退して、以降は何気ない街の風景を切り取るというか、盗み見るような写真ばかりを撮った。

“Photographs are often treated as important moments but really they are little fragments and souvenirs of an unfinished world.”(Saul Leiter)
ーー写真はしばしば重要な瞬間を切り取るものとして扱われたりするが、本当は終わることのない世界の小さな断片と思い出なのだ。

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図録の表紙になっていたのがこの写真で、私の頭の裏に蘇ってきたのは高校への通学路、雪の下に半分埋もれて散らばっていた、カブトムシの幼虫たちだった。

この連載の影響で、このところいろんなものに下宿時代の影を捕らえがちになっているのは否めない。それにしても、この雪の写真で私は久しぶりに、雪にまみれてうごめくカブトムシの幼虫のことを考えた。というのは真冬のある朝、登校途中の道にカブトムシの幼虫がたくさん散らばっていたことがあったのだ。

残酷な話なので詳しくは描写しないけども、ふっくら積もった雪をぎゅっぎゅっと踏みしめながらいい気分で歩いていると、靴先に幼虫が当たった。ぎょっとして足下をよく見たら、ところどころ泥に汚れた雪の隙間に、丸まった幼虫たち。かすかに動いているものもいた。

混乱。桜の下に死体、雪の下には幼虫? なぜ、一夜のうちにこんなにも大量に。

私はいつも遅刻寸前に登校していたので、とりあえず可能な限り命を踏まないように、つま先立ちで学校へ急いだ。横断歩道の白線だけを渡り歩く技術は、こうして不意に活きることがある。

帰り道、幼虫たちはやはりいた。雪はしゃりしゃりに溶けて茶け、一帶に腐ったにおいが漂っていた。しかし私はこれをどうすれば良いかもわからず、ただ鼻に蓋をして、同じくつま先立ちで下宿に帰った。玄関で学校指定の革靴を脱ぐと、靴底が離れかけていて、靴下の先が泥水で染まっていた。指はしっとり冷えていた。

その夜の食卓の議題は当然、謎のカブトムシのことだった。なぜ。誰が。どうやって。大家のおばさんも首を傾げていた。「なんや気味悪いなあ。明日、近所の人に聞いてみるねえ」。

答えが分かったのは数日後だった。近くの農家の人が掘り起こした土をトラクターで持ってきて、夜のうちに道路脇に積み上げており、その土中に眠っていた幼虫たちがばらばらと出てきてしまった。ということだったらしい。謎が解けた頃には、もう幼虫たちはどこかへ行っていた。いや、結局彼らはどこへ行ったのだろう。

雪を行き交う紋のような足跡と、真っ赤な傘の無邪気さ。ソール・ライターの傑作に向き合いながら、1950年代のニューヨークの雪の日と2000年代の岡山の雪の日が交歓し、そこに後味の悪い記憶が重なった。

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見る聞く人を、何か別の思考や思い出に誘い込む作品が好きだ。その絵を見ていると、内側にとめどなく言葉が湧いてくるようなもの。その曲を聞くと、記憶が記憶を引っ張ってきてきりがないようなもの。

決して、作品の価値を自分の貧困な経験の中に閉じ込めたいわけではないし、鑑賞者個人と引き離された批評の価値も、理解しているつもりだけども。

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高校への通学路は不思議で、道端で冷蔵庫が燃えていたこともあった。

それは、なぜだったのか経緯ははっきり覚えていないけど、確かその道端の家に住んでいる人が、何かに怒って火をつけたのだった。私はやっぱり遅刻寸前で、炎を立てる冷蔵庫を横目に校門めがけて走っていた。そんな具合に登下校の道のりは、決まり切った10分間のアスファルトなのに、眠い目も見開かれるような小事件がしばしば発生した。

それから、事件ですらない平穏の中で、はっとする景色に襲われることもよくあった。

電柱の影の角度。乗り捨てられたトラクターの窓ガラス、干からびた水垢、錆を歩くてんとう虫。用水路になびく青草。この季節はあじさい。

あと空の色。校舎から校門への道はきつい下り坂になっていて、空がとても開けて見えた。日の暮れ方というのは毎日違う。夕焼けが焼け終わったあとの、焼けが暮れに連れ去られそうな空の色。

そういう、平凡なものがひそかに非凡に輝く瞬間を、写真に閉じこめて下敷きにしたいなあと思ったものだった。でも携帯でいくら頑張って撮ろうとしても、画面に映すと構図はなんだか雑音まみれで、色にもいつもがっかりした。私は黄色じゃない黄色を撮りたいんだけどなーと。かといって詩的に言葉で綴ってみようとしても上手くいかなくて、生臭いぽえむばかりが、当時の日記には書きつけられている。

そしていつしか、そんな景色、瞬間に出会うたび、こういうものを難なくぱしゃんと閉じ込められるようになったら、私は自分の人生を合格としよう。と唱えるようになっていた。閉じ込める技は、写真でも詩でも踊りでも論文でも、何でも可。

“All seen things will be a picture.” (Saul Leiter)
ーー見るものすべてが写真になる。

ソール・ライターはさらっとそんなことを言ったらしい。確かに見るものすべては写真になりうるが、それを写真にするのがどんなに成り難いか。

もし彼が、あの頃の私と登下校を共にしていたら、何をどんなふうに撮っただろう。雨粒。窓ガラスに映りこむ革靴。焦げた冷蔵庫。積雪。そしてカブトムシの幼虫。?

今週は、何も写真が入れられなかった。