山小屋日記〈3〉9月前半

第35期(2017年10月-11月)

この日記は、長野県の山小屋で働いた3ヶ月の記録です。
趣旨は第一回「海から山へ」。


9月4日

朝冷え込むので、食堂に暖房をつけるようになった。
シャキっとした寒さの中から灯油の匂いのする暖かい空間に入った瞬間に、心が緩むのを感じる。この冬らしい匂いがとても好きなのだ。
少しずつ葉っぱも色づき始めてきた。秋が一気に深まっていく。


9月5日

閑散期の平日。客室の窓磨きをした。濡れた雑巾でおおまかに汚れを拭き取った後、新聞紙を使って丁寧に磨いていく。
これからどこか新しい場所に根を張ることになったら、その場所の窓をピカピカに磨き上げたい。これから長い付き合いになると思いながら、キュッキュッと音を立てて、丁寧に一枚一枚。そんなことがわたしにとっては、とても特別に思える。


9月6日

明日から3連休をもらったので、一時下山する。
休日はどうしても山小屋から出たくなってしまう。ずっと職場にいるようで、心が休まらないのだ。

すこし前に山梨に住む石垣さんから「休日に下山したらご飯でも行きましょう」と連絡をもらっていたのだけれど、今回はちょうど同じタイミングで石垣さんが香川に行くらしく、残念ながらすれ違い。夜にそんなやり取りをしていたら、「上田に行くのもいいかも」「行くなら池上さんに連絡するよ」と言ってくれた。
池上さんというのは、上田の本屋NABOで少し前まで店長をしていた同世代の女性で、石垣さんの本仲間でもある。彼女のことはいつも話に聞いていたので、ずっと会いたいなぁと思ってはいたけれど、こんな思いがけないタイミングで実現するとは。

石垣さんがすぐに池上さんに連絡を取ってくれたおかげで、まだ会ったこともないのに、明日の夜は池上さんの家に泊めてもらうことになった。今回の下山に関しては何もプランを考えていなかったのに、一気に楽しみになってきた。
上田はどんな街なのだろう。NABOがあるということ以外は何ひとつ知っていることがなくて、イメージも皆無。目的は、ただ池上さんに会いに行くのみ。


9月7日 休日

バスに乗り、街へ下りる。この間も同じルートで下山したから、もう慣れたものだ。
そこから電車で上田へ。夜に上田駅に着き、歩いて待ち合わせ場所のNABOに向かう。

はじめて来る街なのに、どこかで見たような景色。駅前はあの街に似ている、この路地はあの子の家に行く道みたい、と記憶の断片をかき集めるような感覚で歩いた。そうやって歩いていると、自分がいまどこにいるのかわからなくなってくる。途中で長野県にいるのだと思い出し、そういえばどうしてここにいるんだっけ、と考えてみる。いま山小屋で暮らしていることも、高松に住んでいたことも、東京で会社員をしていたことも、なんだかぜんぶ夢みたいに思えてきた。
きっと、知らない街の夜には不思議な力があるのだと思う。そういえば、夜道を歩くのなんてすごくひさしぶり。山で生活していると、夜に出歩くことなんて滅多にない。

待ち合わせ時間よりすこし早くNABOに到着。池上さんが来るまで、店内の棚を隅々見ながら過ごす。楽しい。本への愛情が感じられる本屋さん。宮沢賢治の本を一冊購入し、ドリンクを注文した直後、池上さんが迎えにきてくれた。
池上さんはとても自然体で、いい意味で力の抜けた人だった。どことなく石垣さんに似ている。「石垣さんに似てますね」と言うと、よく言われますとのこと。髪型や背丈も似ているけれど、話し方や佇まい、滲み出る本への愛のようなもの、それから軽やかに生きている感じが、そっくりだと思った。ふたりの繋がりが、わたしをここに連れて来てくれたんだなぁと思った。

今日は池上さんの家に泊めてもらう。「池上さんの家」と聞いて、勝手に街中にある一人暮らしのアパートをイメージしていたのだけれど、「この人が家主の篠原くんです」と男性を紹介されたので驚いた。彼氏と二人暮らしの家にお邪魔するなんて恐縮だなぁと思ったのだけれど、実際にはそんなのとは全然違っていた。いや、違わないのだけれど、そういうイメージとはかけ離れていたのだ。
池上さんの車に乗せてもらい、家へ向かう。(篠原くんは別の車で帰った。)「結構遠いんですか?」と聞くと、「車で25分くらいですかねー」と池上さん。思っていたよりもだいぶ遠いなと思った。
6月にNABOをやめたばかりの池上さんは、今は無職だ。わたしが高松のマルテを辞めたのと全く同じタイミング。「これから何をするか決めているんですか?」と聞くと、「週に3日くらい午前中だけ働くくらいの生活ができたらなぁって思ってます」とのこと。ゆるい。わたしと同じで、転職して正社員として働く、みたいな考え方は最初から無いみたいだ。そして「篠原くんも、もう忙しく働くモードではなくなってしまいましたからね」と。

家に着くとそこは、田舎の一軒家だった。
中に入った途端にものすごく懐かしい感じがして、静かに興奮した。岩手のおばあちゃんの家の空気に、どことなく似ていたのだ。
聞けばここは篠原くんのおばあさんの家で、いまは彼がこの家を継ぎ、池上さんと二人で暮らしているのだそう。懐かしくて安心する佇まいなのだけれど、池上さんが好きな置物やポルトガルのお面が並んでいたり、家具がアンティークだったりするから、「センスのいいおばあちゃんの家」という感じ。本もたくさんあった。古い家に二人の好きなものがしっくりと馴染み、そこにきちんと暮らしているという感じがして、ほんとうに居心地がいい。洗練とかおしゃれとか、そういう価値観とは違う次元で、もう完成された空間だった。
ここに根をはるぞ、という意気込みなんかとは無縁で、ただ当たり前に流れつづける長い時間が見えた気がした。

気負いなく、当たり前に、「生活」する。
篠原家に来てみて、今のわたしが求めているのはそういうものだと気がついてしまった。まだうまく言葉にはできないけれど。
思えば18歳で実家を離れてからわたしは、いつもふわふわとその場しのぎの生活をしていて、地に足がついていなかったような気がする。この10年ちょっとで、8回も引越しをしているし。
でもそうやって非日常ばかりを繰り返すことに、そろそろ疲れてきているのかも。
いますごく、「生活」が恋しい。

夜中までお酒を飲み、客間に泊めてもらった。枕に巻いてあった「郷土の玩具」という手ぬぐいが可愛くて、写真を撮った。


9月8日 休日

働き方について考えている。
昨夜、篠原くんの仕事の話を聞いていて、しみじみ感動してしまったのだ。
篠原くんは小説を書いていて(最近自主制作の旅行記も出版した)、写真を撮るのも上手で、頭も良くて、とても多彩な人なのだけど、いま定期収入をどこから得ているかというと、それは「パン運び」なのだ。
NABOでは毎朝、軽井沢のパン屋さんから焼きたてのパンを仕入れて販売しているのだけれど、そのパンを軽井沢まで取りに行き、NABOまで届けるというのが篠原くんの仕事。その収入で、贅沢をしなければ(たぶん)生活できてしまう。
仕事といっても本業というわけではないから、食い扶持というべきか。

それは篠原くんにしかできない仕事ではないけれど、篠原くんに巡ってきた仕事だ。
好きなことを仕事に!なんて意気込まなくても、見つけたとか巡ってきたとか、そんな風に仕事をするのもありなんだな。なんだかこれまで、働くということに対して気負いすぎていたのかも、という気がしてくる。

いまわたしが日々している山小屋の仕事は、世の中的にいうクリエイティブとはかけ離れた、掃除や食事の準備や接客などだ。好きなことに関わることでもないし、特技を生かすようなことでもない。これまでの仕事で培った経験を役立てる機会が、ほとんど無い。でもそんな仕事の中に、自分が楽しいとか心地よいとか思えることが、少しだけ潜んでいたりする。

それは例えば、洗面所のシンクを掃除すること。洗剤をつけてアワアワにして、スポンジを滑らせる時の感触がたまらなく好きで、無駄に時間をかけて掃除している。
あとは食事の準備のときに、練り辛子をこんもりと盛り付けるのが楽しくてどんどん上達し、最近は「からし職人」と呼ばれるようになった。

なんか、そんなんでいいんじゃないかって思いはじめてきた。
自分がやる意味があるとかないとか、そういうことを考えなくなったら、もっと見晴らしがよくなる気がする。


9月9日 休日

今日は篠原くんが町内会の掃除(だったかな?)に参加するため、池上さんが代わりにパン運びをするというので、同行させてもらった。道中、無人直売所を見つけた池上さんは「ナガノパープルがある!帰りに買おう」と行って通り過ぎた。すごく美味しいブドウらしいのだ。
無事に軽井沢でパンを受け取り、NABOへ向かう道すがらにその直売所に寄ると、もう売り切れてしまっていた。それを見て池上さんが本当に残念そうに「食べて欲しかったのになぁ」と言うから驚いた。そう言われてはじめて、わたしに食べさせようとしてくれていたのだと知り、そのことに後からじわじわと感動してしまった。

下山後のことをまだ決められていないのだと話すと、「うちでよければ何日でも居ていいですよー、布団だけはたくさんある家なので」と言ってくれた。以前ほかの友人にもそんなことを言われたことがあったけれど、わたしは誰かに対してそんな風に言える自信がない。自分のテリトリーを必死に守ることで、自分を保って生きてきたような気がする。
おばあちゃんの家も、布団がたくさんある家だったな。いつ誰が泊まりにきても大丈夫な、田舎の家だった。
わたしもいつか「布団だけはたくさんあるから」と誰かに言えるようになりたい。そんな風に言える場所と、心の余裕を持ちたい。

上田に来て、池上さんと篠原くんに会って、頭の中がざわざわと動き出したような感じがする。
いま自分が求めているものが目の前にあった。キラキラしたものじゃなくて、地に足のついた生活や日常。肩肘張らない軽やかな生き方。

帰りのバスの中で、「大好きな人と場所ができてしまった」と気がついて、幸せな気持ちになった。
この3日間で感じたことは、わたしの中でじっくり熟成されていって、これからの色々な選択に影響を与えるような気がする。


9月10日

山に戻って来たけれど、篠原家の余韻がまだ続いている。それと同時に、自分の原風景について思い巡らせている。
わたしは18歳まで、宮城県にある新興住宅街で育った。そこには街というものは存在しなくて、歴史もなくて、規則的に区分けされた敷地の中に似たような家が建ち並んでいた。安全で快適で、何不自由なく暮らすことができた。
でも、どうしてもあまり愛着が持てなかった。こんなことを言ったら親が悲しみそうで、なかなか口には出せなかったけれど。

「ふるさと」というと、わたしは実家よりも、岩手の里山にあるおばあちゃんの家を思い出す。生活感とか不便さとかがひしめき合う家だった。システムキッチンはないし、トイレも快適な水洗便所じゃないし、虫も多いし、余計なモノもたくさんあった。でもすごく居心地が良くて、行くたびに「帰ってきた」という安心感に包まれる場所だった。
おばあちゃんの家、と呼んでしまうのは、わたしが幼い頃に祖父が亡くなり、そのあとはずっとおばあちゃんが一人で暮らしていたからだ。そのおばあちゃんも去年の2月に他界した。あのとき、ああついにふるさとがなくなってしまったと思って、すごく心細かった。心にぽっかり穴が開く、とはこういうことだったのかと知った。

わたしは自分の心のふるさとに、ずっとずっと惹かれ続けている。
これからどこでどんな生活をするのか、まだわからないけれど、おばあちゃんの家みたいに「帰ってきた」と安心できる場所を、ゆっくりと作れたらいい。


9月11日

人を好きになるきっかけって、思わぬところに潜んでいるみたい。山小屋にきてからしばらくは、一緒に働く人たちを好きになれずにいたせいで、「この人のことが好きだなぁ」とはじめて思った瞬間のことを、はっきりと覚えている。自分の中に生まれた変化にびっくりして、でも嬉しかった。
わすれないように、書いておこう。

調理師のSちゃんはわたしより一つ年下だ。
基本的にはもう一人の調理師さんが従業員の食事をつくってくれるのだけど、その人が休みのときなどに、Sちゃんも食事をつくってくれることがある。
Sちゃんのことが好きだなぁと思ったのは、食事時にみんなが席についたときに、そわそわし出したとき。
「これ味うすかったかもしれないから、足りなかったら自分で醤油とかかけてね」「みそ汁の味濃かったかなぁ」など、わかりやすく多弁になる。そしてみんなの反応をドキマキしながら見守っている(のを隠しているけど伝わってくる)。
美味しいよって言ったときの、ほっとしたような嬉しそうな顔を見たら、もう何度でも美味しいよって言いたくなる。

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Uさんは帰国子女なのだけど、わたしがこれまで持っていた帰国子女のイメージとは全然違っていて、のんびりしていてマイペースだ。英語がペラペラなので、以前「英語をつかう仕事とかしてたんですか?」と聞いたら、「わたしは日本語が上手じゃないからそういうのはできないの」と言っていた。
夕食の盛り付けで、椎茸の煮付けをスライスしたものを、アルファベットの「J」の向きにして添える、という工程があるのだけれど、Uさんが盛り付けると「J」ではなく「し」になっていることが多い。「Uさん、Jが逆の向きになってますよ」と言うと、「ああ、わたしJがどっち向きなのかいつもわからなくなるんだよね」と恥ずかしそうに言うのだ。帰国子女なのに、Jの向きが曖昧なUさん。
そんなUさんがこの間、すごく感激したことについて説明してくれようとしたとき、上手に言葉が出てこなくて「なんかもうね、なんかもう、あのね、なんかもうなんか…」と、何回も言っていた。「なんかもう」ばっかり言ってるな、と思いながら、その時わたしはUさんのことがすごく好きだなと思った。

いま気がついたけれど、わたしは冷静じゃない人が好きなのかもしれない。人間らしい部分が見えたときに、ああ好きだなぁって思ってしまう。


9月12日

今日、とても嬉しいことがあった。
Uさんに最近わたしが買った本の話をしたら、そういう本ってあの本屋さんに売ってそう、という感じで「高松に遊びに行ったときに小さい本屋さんに行ってね、古い倉庫の中にあるんだけど、本当に好きな本だけ集めました、って感じで、隣にカフェがあって…」と嬉しそうに説明してくれるから、わたしはびっくりしてしまった。
「それ、わたしが働いてた本屋ですよ」

Uさんが今年、香川の観音寺市の農家で収穫のアルバイトをしたという話は聞いていたのだけれど、まさかマルテに来てくれていたなんて。Uさんも「うそ!」と言って心底驚いた様子。気になる本がいっぱいあったんだけど荷物になるから1冊だけ買ったよ、と本の名前を教えてくれた。それはわたしも好きな本だった。
マルテに来てくれたなんて奇跡的だなぁと話したら、「あの店で会うより、ここで会うことの方がずっと奇跡的だよ」と言われた。たしかにその通りだ。こんな山の中で一緒に働くなんて、本当に奇跡みたいな確率だ。


9月13日

ずっと苦手だなと思っていた人が、「これすごい美味しいから食べて」とお菓子をくれた。
休憩中に食べてみたら本当にハッとする美味しさで、そのお礼を言おうと思ったのに変に緊張してしまって、うまく言葉が出てこない。
「さっきくれたお菓子、すごく美味しかったです」
そんな簡単な言葉を、頭の中で何度も反芻した。そしてタイミングを見計らって、えいっと話しかけた。いかにも今思い出したみたいな感じで、「あ、そういえば」とか言って。

その人と少し会話をして笑い合えただけで安心する自分がいることに、少し前から気がついていた。
苦手だと思っていたのは、嫌われているかもと思って怖がっていただけだったのだ。たぶん「嫌われたくない」という気持ちが、「苦手」に変化してしまっていたのだと思う。

わたしはその人と仲良くなりたくて、でもなれなくて、さみしかったのだ。
なんでこんな簡単なことに、今まで気がつかなかったんだろう。


9月15日

今朝、朝食の準備を終えたころ、また北朝鮮からミサイルが発射されたというJアラートが鳴った。
思えば前回のときは、何事もないようにと願いながらも、ちょっとした有事になって下山せざるを得なくなれば良いのに、という考えが一瞬よぎった(ごめんなさい)。早くここから出たい、もう嫌だ、と思っていたから。
不謹慎だけど、わたしは追い詰められると時折そういうことを考えてしまう。ここで事故が起きたら明日会社に行かなくてすむかなとか。いま転んで骨折でもすれば、この役割から外してもらえるかなとか。そういう考えが頭に浮かぶと、ああ、いま逃げ出したいくらい嫌なんだなぁとわかる。

でも今回は、そんなこと微塵も思わなかった。ここから出たいと思わないのだ。
わたしはここにいる人たちのことが、好きになったんだなと思った。

山に来て、だんだん心の中が中和されている感じがする。
新しい場所で自分の居場所を作ることって、好きなものや、同じ感覚を共有できる人を見つけることだと思っていた。でも、そうじゃなかった。
どこにいたって好きなものは変わらないけど、それに縛られる必要はない。これからはもっと自由に、人と関われるような気がする。

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