海から山へ

第35期(2017年10月-11月)

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長野県の山小屋で働きはじめて、2ヶ月が過ぎた。
特別山が好きというわけでもなかったのになぜこんなところに来たのか、自分でもよくわからない。山がこんなに身近になる日が来るなんて、ほんの少し前までは全く想像していなかった。
巡り合わせとは不思議なものだなと思う。そして、本当にうまくできているなとも思う。
ここでの生活が今のわたしにちょうど必要だったと気がついたのは、つい最近のことだ。

山小屋に来る前は、香川県高松市に住んでいた。東京の会社を辞めてふらりと流れ着いた移住先で、2年と少し、暮らした。瀬戸内の島々を臨む開放的な港町は、空が広くて、晴れの日がよく似合う。夕暮れの空が美しいところだった。
高松に住み始めてから、夕暮れ時に空を見るのがわたしの日課になった。忙しい日でも夕方になれば空を気にしていた。日常的にこんなに美しい夕焼けを見てしまって、今後ほかの場所に住んだときに物足りなさを感じてしまうんじゃないか。そんなことを不安に思うほど、わたしにとって大事な時間になっていた。

いまは夕焼けを見る代わりに、毎晩夜空を見上げる。
宇宙の奥行きを感じられるほどの無数の星が、当たり前に頭上に広がっている。特別星に詳しいわけでも思い入れがあるわけでもないのだけれど、今日もちゃんと見える、今日も変わらず美しいと、ただその存在を感じてみる。
毎日のようにこんな星空を見てしまったら、山を下りたときに物足りなくなってしまうんじゃないか。そう思った瞬間、そうか、きっと次の場所でも、夕焼けや星空に代わる何かが見つかるんだろうなと思った。

「次の場所」はまだちゃんと決まっていないけれど、山小屋を出たら、生まれ育った東北に帰ろうと思っている。

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わたしは高松で、BOOK MARUTEという小さな本屋の雇われ店長をしていた。写真集とアートブックをメインに取り扱い、毎月いくつもイベントを開催した。たくさんの人に会い、刺激が尽きない日々だった。憧れの人に会えたり、尊敬している人と仕事ができたり。お客さんからも色々なことを教えてもらったし、趣味や価値観の合う友達もできた。
そこにいた2年間で、世界は大きく広がった。

でも同時に、わたしの中にある感覚が棲みつくようになった。

「何者かにならなければ。」

まわりにいる人たちと違い、わたしには「自分はこうです」といえるようなものが何もなかった。
自分にしかできないことを見つけなければ。好きなことを仕事にしなくては。
わたしはそんな意識から、焦ったり、傷ついたり、人と比べて落ち込んだりした。

だから、店を辞めて高松をはなれたときは、心許なかった。
何にも所属せず、肩書きもない。いよいよわたしは本当に、何者でもなくなってしまった。

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山小屋に来ることを決めたのは、今年の4月21日の、たしか深夜0時ころだ。その日は本屋でイベントがあり、近くのバーで打ち上げをしたのだが、その場に居合わせた2人がたまたま山小屋バイトの経験者だった。目の前で2人が楽しそうに話しているのを聞いているうちに、わたしも行ってみたくなって、なんとなく決めてしまった。そのときまで、山小屋というものの存在すらよく知らなかったのに。

「とにかく高松をはなれる」
当時のわたしが決めていたことはただそれだけで、その後の展望はこれといってなかった。だから、目の前に現れたちょっと面白そうに思えることが、余計にキラキラして見えたのだと思う。それに、高松を出た後の生活のことをまだ考えたくないという気持ちもあった。家や仕事をどうするのかという切実な問題に向き合うのを、先延ばしにしたかったのだ。もうすぐ30歳になるというのに、情けない話だけれど。
そして、何か未知のものにワクワクしていないと、高松をはなれる寂しさから逃げられないような気もした。

山小屋というのが一体どういうところなのか、当時のわたしは何一つ知らなかった。きっと、世間のしがらみから隔てられた山の中で粛々と働くのだ、という漠然としたイメージだけがあった。雑音の少ない環境で、これからどこでどうやって生きていこうかを、じっくり考えようと思っていた。

でも、山小屋生活が始まると同時に、「粛々と働く」というイメージはあっけなく覆された。
集団生活、人間関係、たくさんのルール、1人の時間の少なさ。わたしにとって最も苦手と思えるような事柄が、次から次へと迫ってくる。
最初は苦しくて辛くて仕方がなかった。特に、関わる人を選べないという状況がわたしを絶望的な気持ちにさせた。趣味が合う人がいない。話が合わない。それでも毎日朝から晩まで一緒に過ごさなくてはいけない。高松では大好きな人たちが周りにたくさんいたのに、なぜこんなところに来てしまったんだろう。
わたしの居場所はここではないのに。

限界がきたらいつでも逃げ出せるように、荷物はまとめたまま生活した。
わたしはたぶん焦っていたのだ。これまで重ねてきた経験や人とのつながりから、自分がどんどん離れていってしまうようで怖かった。

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でも、山小屋生活も1ヶ月が過ぎたころ、わたしの心は変わっていた。自分でも驚くほどに。
頑なに守ろうとしていたものも、譲れなかったこだわりも、ゆっくりと溶けてしまった。
何者かにならなければという焦りは、いつの間にか消えていた。

この連載では次回から、そんな変化の日々のことを書いてみたいと思う。というのも、山小屋入りしてから細々とつけている日記があるのだ。
日記は、7月末に山に入ってから11月頭に下山するまでの、約3ヶ月の記録(予定)。
現時点ではまだ、下山まであと1ヶ月ある。季節は一気に冬に向かう。これからの日々に何を思い感じるのかは、まだわからない。