うんこと私。

第36期(2017年12月-2018年1月)

あれは忘れもしない4年前のよく晴れた秋の朝の事だった。
いつも通りに出勤しようと、家の真ん前に停めてある愛車の軽トラに乗り込んだのだった。
ただ、いつもと違ったのは、何故かその時「最近ウンコ踏まないなぁ」と思っていた事だ。
妻と今朝のお互いの大便の具合について話していたというのでもなく、
全く脈絡もなく、ふとそんな思いが胸に去来した。

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(↑現場写真)

エンジンを始動しようしたところで、車内に漂う異臭に気付いた。
ウンコの臭いだった。
すぐに自分の足下から臭っていることがわかり、両足を見てみた。
右足の靴裏とクラッチペダルにやや黄色っぽい茶色のウンコがなびられていたのだった。
「ほぉ、ウンコを踏んだのか、俺は。久しぶりだな。」
と他人事のように思った。
そして、このシンクロニシティの不思議を噛み締めていた、臭いと共に。

更に不思議だったのはドアから5歩も歩けば運転席に至るという短い道程のうちに
ウンコのかけらさえ残っていなかった事だ。
どう見ても靴裏に付着しているのはウンコの一部なのに。
とりあえず、妻にウンコを踏んだ事を告げ、
トイレットペーパーをもらい、靴裏とクラッチペダルを拭きあげた。
社内の微妙な残り香と共に仕事場へ向かった。

私はさっそく職場で今朝のシンクロニシティの話を同僚にした。
そして、私は更に驚く事になるのだった。
私の話を聞いて、同僚が「私も朝、ウンコの事を考えていたんですよ」と答えてきた。
曰く前日に「糞土師」なる肩書きで野ぐそについて啓蒙活動をしている面白い人がいるのを知り、
今朝も引き続きウンコの事を考えていたと言う。
シンクロニシティであった。ウンコ絡みの。

あの不思議なウンコの朝のあと、私はすぐに「糞土師」の事を調べた。
伊沢正名さんと言う名の男性で、キノコやシダ、コケの写真家とのことだった。

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(↑写真はイメージです、著者撮影)

「あの伊沢正名さんか」

以前、ネイチャーガイドをしていた時があった。
キノコやコケの図鑑を見ていて「伊沢正名」の名前が写真のキャプションにやたら出ていて気になっていたのだった。
現在は写真家をやめて糞土師活動をしているらしい。

俄然、糞土師・伊沢正名が気になり、
彼の著書『くう・ねる・のぐそ』を読んだ。

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写真業のかたわら、彼は40年も野ぐそをし続けていたのだ。
本には40年の野ぐそに裏打ちされた彼の「糞土思想」が書かれていた。

ウンコは終わりではない。
そも生物社会の無限の循環においては始まりも終わりもない。
現代人は本来大地に帰るべきウンコを返さない。
具体的にはウンコは屎尿処理され、燃やされ、その灰はコンクリートとなる。
人間以外の生物は野ぐそをしていると言うのに。

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(↑山で見かけた誰かの野ぐそ)

故に野ぐそは、現代人が再びその循環に戻る為の術である。

口先だけのエコやら常識やら良識、美醜に至るまで、
文明に浸りすぎた私の価値観を鮮やかに反転してくれた。

この人に会って話を聴かねばならないと思った。
そうして、長野に伊沢正名さんを招いた。
野ぐそワークショップ「野ぐそスタイル」を開催したのだった。
あの朝にウンコを踏んでから
実に3年と言う月日が流れていた。感無量。
14、5名の参加者があり、大いに盛り上がった。

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(↑ヤマブドウの葉っぱ、これでお尻を拭く)

皆、嬉々として伊沢さんの話に聴き入り、嬉々としてウンコを語った。
人はウンコを語りたがっている。私は確信した。
更には伊沢さんと話していると、どんな話でもウンコに収斂されていく。

一つの事を突き詰めると、普遍へと至るのかもしれない。たとえ、それがウンコだとしても。
いや、逆にウンコだからこそかもしれない。

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(↑こんな本もある)

もはや私はウンコの徒となったいた。
現代人のウンコ観をひっくり返したい。そう思うようになった。
老若男女の別なくウンコを考え直せる企画『大ウンコ博』の開催を決意した。
科学、アート、文学などからウンコを捉え直し、
皆で大いにウンコを語らうのだ、これぞ本当の「大便論大会」であろう。

壮大な企画である。そして、ウンコ故に「大ウンコ博」とした。
悲しいかな、昨日今日の貧乏人ではない私には先立つものがなかった。
それにしても何故にこうも何かしようとすると金がかかるのだろうか、甚だ疑問だ。
しかし、為すべき事を為さんと、人生で初めて助成金なるものを申請した。
大真面目に「大ウンコ博」の企画書を書いたのだ。
これはイケる!!

イケなかった。
助成金は不採用であった。理由は明らかにされなかった。

ウンコの壁。

私と世間の間にそびえるウンコの壁をヒシヒシと、ありありと感じた。
しかし、私は必ずや「大ウンコ博」を開催するのだ。
そして、大いにウンコを語らうのだ。
人類が生物の循環に再び戻る日を夢見て。