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2F/当番ノート

桜の木の下から

当番ノート 第37期

私は今、家の近所の小さな公園の、大きな桜の木の下のブランコに座って、カツサンドコッペパンを食べながら、この文章を書いている。風が吹くと、落ちた花びらたちが踊るみたいにころころと走るのが、綺麗。

食べているカツサンドは、さっき、住んでいるアパートのすぐ裏の通りにあるちっちゃなパン屋さんで買った。本当にすぐ近所なのだけれど、初めてパン屋さんがあることに気がついた。いつも何時からやっているんですか?と何の気なしに聞くと、パン屋のおじいさんは、ふふふ、と恥ずかしそうに笑ってから、いつも遅くてね、一時頃からと思えば間違いないです、と言った。恥ずかしがる顔って、なんでだか、素敵で可愛いんだなぁ、と思った。

1歳くらいの女の子がお父さんと公園に来る。こてん、と転ぶと、お父さんが、あらら、と言って助けてあげる。女の子は、当たり前にその手を受け入れる。女の子は、ひらひら落ちる花びらを指差しながら、ぽてんぽてん、と歩く。若いカップルらしき男女が、公園にやって来る。ベンチに座って、ご飯を食べた後、彼女が静かに、ギターを弾きながらきれいな声で歌い始める。彼が、彼女の、写真を撮る。好きな人にカメラを向ける姿が、美しくて、泣きそうになる。

昔、ミミ子、と桜に名前をつけたことがあった。私の通った小学校は、山のてっぺんにあって、校庭がやたら広くて、校庭の周りには桜の木がたくさん植えられていた。きっと理科の授業だったのだろう。班ごとに桜の木の観察をすることになって、私たちは小さな一番元気のない桜の木を選んで、たくさん実がなるようにと、ミミ子、と名前をつけた。4月の半ば、ミミ子は周りの木と比べるととても地味だったけれど、それでも綺麗な花を咲かせて、そのあと、ちゃんと、さくらんぼの実をつけた。ミミ子はその時にはすでに大変な病気にかかっていたんだと思う。私たちは、元気になってほしいと願って、授業の観察が終わってからも、たまに様子を見に行っていたけれど、結局、小学校を卒業する頃には、ミミ子はいなくなってしまった。

最後のアパートメントの記事。なんだか全然、書き進められなくて、更新を1日伸ばしてもらった。

母のことを、書いてみようと思ったのだ。でも、書いても書いても、うまくまとまらなかった。私と母の関係は、とてもとても悪くて、私はある時から母が一番嫌いな人になって、多分、今も、そうなのだと思う。母とのことが、今の私の、真ん中を作っていることは間違いなくて、それで得てしまったもの、失ったものを、私はどうにかこうにか、したくて、今を生きているのだと思う。
人にはそれぞれ、真ん中を作った何かが、あるのだろう。
アパートメントで文章を書いていて、不思議な発見だったのは、書きながら、他の人たちはどんな人生を送っているだろう、と考えていたことだ。外に向けて文章を書く、というのはほとんど初めての経験だったのだけれど、それは、私の感じることや見解を、ぽん、と素直に置いてみる、という感覚に近かった。それは、対話ではないのかもしれないけれど、私はこうだけれど、みんなはどうだろう、どうですか?という思いが、いつも頭の片隅にあって、そうやって文章が書ける時、私はワクワクしていたように思う。

自分のことや、自分の意見をひとに伝えることは、勇気のいることで、こわい、と思う。私はよく、うまく言葉にすることができなくて、それで、だんまりして、恋人に、怒られる。骨が折れるし、もう、いいや、とコミュニーケーションを諦めてしまうこともある。でも、そこから一歩踏み出して、人と向き合うことを、努力してみたい、と今思っている。だって、その方が、きっと、ワクワクする世界になると、感じているから。

東京は、桜が満開ですね。みなさん、どんな気持ちで、どんなことを感じて、桜を見ていますか。いつか、どこかで、お会いすることができたら、その時は、お話することができたら、うれしいです。
読んでくださって、ありがとうございました。

鈴木 睦海

鈴木 睦海

1988年に、福島県白河市で生まれ、育ちました 今は東京で、役者というものをやっています

Reviewed by
猫田 耳子

休日にひとりぼんやりと電車に座ってなんとなく周りを見渡す
カラフルなリュックサックを背負った子どもたちを挟んで座るお父さんお母さん(このまま今日一日良い天気みたいですよ)
向かいの席には熱心に読書をしている若い女性(その本わたしも好きなんです)
交わす言葉は少なくとも立ち上がる時にそっと手を差し出し合う老夫婦(今日はどこにお出かけですか)

名前も知らない人の今日にそっと寄り添えたとき、わたしの心の中に誰かを入れる余裕があるんだ、という幸福に気付く。
心のなかでさわさわと吹いては通り過ぎていく名前の無い風がふんわりと桜の花を舞い上がらせる今日。

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