僕らはただただ暮らしを営んでいく。そこに目的などない。ゴールもない

第38期(2018年4月-5月)

「自分が選んだ何かと関わって、格闘して、それについて考え続けているひとっているじゃない。そういう人がここでなら書ける、書きたいって思える場所にしたいなって」

東京ーパリ間の時差は7時間。この日はこちらが夜中。かおりさんが夕方。

3年前の年末で一度僕がパリに、4年前の一時期はお互い東京にいた時期があるけれど、それ以外はずっと、7時間の差をどうにか調整しながら回線をつなぎ、オンラインでのやり取りをしながらこの「アパートメント」の運営を続けている。

「アパートメント」の発起人であり、いま一緒に管理人として運営をしているパリの踊り子、朝弘佳央理さん。この連載でも書いているが、このアパートメントの修繕・改築、リニューアルに向けて、改めてどうしていこうねって話をしたくて、ぼやぼやとオンライン会議。

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前回お話をした廣安さんは、ここで書くものは、お腹の中でそれなりの時間をかけて”醸されている”ものだと表現した。

かおりさんは、”格闘して”いる人、”考え続けて”いる人と表現した。

これまで手探りで6年営んできたこのアパートメント。総勢250人もの人に入居してもらい、書いてもらっている。

僕たち管理人が新たに誰かをお誘いするとき、また過去に執筆した住人さんがお友達を紹介してくれるとき、それぞれに、それぞれの言葉とタイミングで、この場所のことを説明してきたと思う。

その度に使っている言葉は違っていただろうし、上記とまた違った形容をしてきたとも思う。

ただ少なくとも、誘う人、誘われる人が「何か」を共有して、ここで書く意味を見つけてもらった上で入居してもらうことは大切にしてきた。

誰でもいいかっていうと、全然そんなことはないんだ。

これだけSNSも普及して、個人でも簡単に無料でブログやウェブサイトをつくれるサービスもたくさんあって、個人が「書いて、発信する」だけならどこでもできる。それをわざわざここで、無料で「あなた」に書いてほしいと思って、一人ひとりお声がけしているのには、やっぱりそれなりの理由があって。

営み、くらしが安定して引き継がれてゆくというのは大切なことで、暮らしのなかから立ち現れる表現を育んでいける場所にしたいと、僕たちが思っているからであり、それは管理人数名だけではとても表現できないから、そういう価値観のもと、一緒にこの場を編んでくれる人たちを探している、ということなのだと思う。

「こういうことを僕たちは大事だと思ってるんですけど、あなたはどうですか。ちょっとお話しませんか。…あぁ、あなたはそんなふうに考えて、暮らしているんですね。僕はあなたのこういうところが素敵だと思って、それをうちで書いてもらえたら嬉しいなって思ってるんですけど、どうでしょう。どうですか。」

…こんなふうにしておずおずと、しかし「何か」の直感をもって、僕たちは住人さんをお誘いしている。

だけどそのためには、私たちが「書いてほしい」「あなたの話を聞きたい」と思ってお誘いした住人さんが、安心して気持ちよく書ける環境、ここで書くことの意義を感じてもらえる環境を、提供し続ける必要がある。

・書く人が、自分の人生の根っこにさわれるような、時間と空間をデザインできていること。
・暮らしの空間を維持するための運営体制が安定していること。

それを、今まで以上に丁寧に、それこそ家を、住まいを、暮らしの空間をつくるつもりで(暮らしに終わりはないから)、柱や壁、窓や調度品、それから筆記用具…ひとつひとつのものを「整えていく」こと、そしてその先も「整え続けていく」ためのエネルギーの循環をつくること。今回のリニューアルの目的は、そういうところにあるのだろうと思う。
 
 
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…ここまでの連載で、主にずっと、ここで「書く人」について語ってきたけれど、じゃあこの、アパートメントの「読者」って誰なんだろう?という問いは、常に同時につきまとってくる。

今回、かおりさんと話をするなかで、僕の口から出てきた言葉に自分でも驚いて、しかしそのあとしっくりきた感触を得ている。

「アパートメントってさ、『読者ターゲット』とか持たない方がいいと思うんだよね」

僕は仕事でも他のメディアを複数運営していて、それなりのお作法と経験はあるつもりだけれど、やはりこのアパートメントは、一般的なメディアと性質を異にしていると感じる。

一般的なメディアでは、「読者ペルソナ」や「運営目標(ゴール)」を明らかにすることが大事だよって話をする。何かテーマを持って運営するのならば、そのテーマに関心や利害関係がある「読者たち」がいるはずで、その人たちにちゃんと届けるためのコンテンツやマーケティングが必要で、それを続けるためにも収益化の手段も考えなきゃいけなくて、運営し続けるためのメディアの規模や収益規模の「目標」を置く必要があって…当たり前の話ではあるのだけれど、そういうことを、やらなきゃいけない。

でも、そういう発想と行動のサイクルが、アパートメントにおいては「当たり前」ではないんじゃないかって、思う。

だって「暮らし」に目的などないのだから。

毎日の生活を営んで、自分にとって大事な「何か」と格闘して、考えて、醸されてきた言葉を表にググッと取り出してみる。

そういうことをやっていきたい、やってくださいって言っている矢先に、「こういう読者がいて、こういうテーマだとウケると思うので、お願いします」なんて言われたら、その「何か」と格闘できなくなるじゃない。

だからやっぱりここは、究極的にはここで書く住人のための場所であって、抽象化された「ターゲット読者」の場所では決してないのだよな、と思う。

「じゃあなんでわざわざ、ワールドワイドウェブに乗っけて全世界に向けて公開・発信するんだよ」と言われるかもしれないが、自分と向き合うんだけど、外には開かれている、ということは、やっぱり”表現”する上では大事なことなのだ。

書き手が、日々の暮らし、世界との接続の中で自己と向き合えば、そこから生まれてきた言葉は、おのずと外に開かれ、射程のある読み物として価値を帯びるのではないか。そういう直感を、僕は持っている。

「読んだ人の人生にとって、『何か』になってほしいじゃない。その『何か』って人によって違うから、いっぱいあっていいんだな、とも思うんだけど」

かおりさんは先日の会議でそうも言っていた。

明確な「読者ターゲット」なんてものは置かない。でも、このアパートメント来てくれた一人ひとりのお客さんにとって、「何か」良い時間・体験であってほしいとは願っている。

僕らはただただ暮らしを営んでいく。そこに目的などない。ゴールもない。でも大事にしたい、格闘すべき「何か」をそれぞれが抱えて生きている。その暮らしの「過程」をないがしろにしない、むしろそれこそが大事なんだと、ただただそういう価値観を、色んな方法で表現したり発信している場所、なんだと思う、たぶん、ここは。

そこには「商品」も「サービス」もないけれど、その過程自体に「価値」を感じてくれる人がいたならば、そういう人たちがきっとアパートメントの「読者像」であるのだろうし、「像」ではなくて具体的な人として、お客さんとして、あなたのことを迎え入れられる場所でありたいと思う。