「なぜ書くのか?」って聞かれても、わかんないよね、でも書くんだ

第38期(2018年4月-5月)

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「文章を読んでほしい」と、頼まれることがたまにある。

どこかのメディアに寄稿する文章だとか、つまりよそゆきの、お仕事の文章へのフィードバックを求められることもなくはないが、僕の場合はもっと個人的な、その人が自分のために書いた文章を、ブログ用であったり、あるいはどこにも公開する予定はないけれど書いた、というような文章を、読ませてもらうことが多い。

多くの人たちは、普段文章を書くことをお仕事にはしていない、”非プロ”の人たちだ。で、僕はそういう人たちの文章を読むのがけっこう好きだ。

そういえば、以前連載してくださった、文筆家の岡田育さんもこのようなことを書いていた。

”私は写真家の書いた文章が好きだ。画家や建築家の書いた文章が好きだ。俳優や料理人の書いた文章も好きだし、著名人の配偶者が書いた文章も好きだ。年老いた人が会社勤めを定年してから書いた文章も、10代の子供が大人たちに薦められて書いた文章も好きだ。「書くことが本職でない人」の文章に、「書くのが本職の人」とほとんど同じ対価を払う、その感覚が、なかなかに好きなようである。”
岡田育, アパートメント, いつどこで私やあなたに「プロ意識」が芽生えるか

元よりさしたるテクニックも持ち合わせていないのもあるけれど、書かれたものの巧拙よりも、その人がその文章を書くに至った背景に興味を持ってしまうので、「ここをこうした方がいいよ」といったフィードバックはほとんどしないで、代わりに感想を言ったり、逆に問いを投げ返してぐいぐい聞いてしまったりする。

それはもしかしたら実質的に「編集者」の仕事といえるかもしれないけれど、僕はそれをずーっとコンスタントに続ける根性と集中力はとてもないので、あくまでテンポラリーに、フラッと相談を受けて、お茶を飲みながらやいのやいの言うぐらいのスタイルがちょうどいい笑 そんなこんなでアパートメントの管理人を続けております。

話はそれるけれど、「書いた文章を読んでほしい」という、モノベースの相談ではなくて、「ライターになるにはどうしたら良いか」という職業ベースの相談を受けることも、しばしばある。

そもそも「自分の考えを文章にして書くこと」と「ライターとして仕事をすること」は重なる部分はあれどだいーぶと違うものであると僕は思うのだけれど、インターネット・SNS全盛時代の影響か、そこら辺はふわっとごちゃっとない混ぜになった状態で相談が表出するというのも、まぁ不自然ではないことだな、と思う。

リリー・フランキーだったかな、テレビのドキュメンタリーで、若者から「ライターになるにはどうしたら良いか」だったか「イラストレーターになるにはどうしたら良いか」だったか相談を受ける場面があって、「名乗ればいいんですよ」と答えていたのを中学生か高校生の頃に見たのを覚えている(と言うわりに記憶がおぼろげだ)。

「名乗ればいい」というのは実はその通りで、ライターになるのに資格なんて要らないんだから勝手に名乗って勝手に売り込んで勝手に仕事を取ってきて既成事実をつくればいい、みたいなアドバイスはこの業界では珍しくない。他の人が誰かに言っているのを見聞きすることも、学生なんかに相談されて僕がそのように答えることもあった。

「ライターとして」「仕事を取ってくる」ということを第一の目的として、「なぜ書くのか?」「何を書くのか?」の問いを抜きにすれば、それは戦術として全く正しい。正しいのだけど。

僕はそういう仮置きの動機と目的と戦術でもってとにかく突き進むというキャリアの積み上げ方をできない人だったので、どうしても個人の根っこのところに目を向けてしまうのだよな。やっぱり人は、自分が書いたテキストによって、出したアウトプットを通して変わっていくんじゃないかなぁと、思うからだ。

「なぜ書くのか?」と問われてストレートに言葉で表現できることなんて少なくて、むしろ言葉に出来ないから人は「書くこと」へと魂が向かうのだ。

なぜ?を言葉にできなくても、今この瞬間に書きたい、言葉にしたい、表現したいという熱量が本物だったら、きっとあなたをしてそう向かわせるだけの何かが、過去や現在の経験の中にあるはずで、それをどうぞ遠慮なく素直に表現してよ、僕はそれが読みたい、と思ってここにいるのかもしれない。

何かの現世利益を最初から目的と置かない。でも、今このタイミングで書く必然性が、自分にはあるというものを書いたとき、そのテキストは結果的に思わぬ果実をもたらしてくれる。そういうことも、僕は体感として知っている。

「アパートメント」で書いてもらった住人さんのうち、連載がきっかけで新しい機会を得られたり、連載を通して自分の向かいたい方向がクリアになって、結果、仕事を変えたという友人が何人かいる。

どの友人も、もともと書く仕事をしていたわけではないし、彼らが見つけた新しい仕事も「ライター」ではなかった。だけどいずれも「あぁ、それはあなたにピッタリだね」って思えるようなものだった。

嬉しい「後日談」を聞かせてもらうことはとっても嬉しい。あなたに入居してもらって良かったと心から思う。またいつでも戻ってきて、お話を聞かせてよ、とも。

だけどね、それは、最初から狙ってやっちゃあ野暮なんだ。向かうべきところに向かうのは、その人であって僕ではないから。

いつでも安心して書けるように、ただただお部屋を整える。それがここでの僕のお仕事です。