視線を交わしたその先に

第38期(2018年4月-5月)

はじめは、ただあなたの話を聞きたかった。

「日常」が大きく揺らいだあのときは、とめどもないお話がとても得難いものに思えたから。

はじめは、ただ書き記しておきたかった。

誰に頼まれたわけでもない、でも私にとって大切で、いま書き残しておかないといけない気がしたから。

「何を」書くかを決めたわけでもなく、わたしからあなたへ、そうしてリレーがはじまった。

そうして次第に、たくさんのひとが集まってくるようになった。

生きづらさを抱えながら、でもそれと格闘しながら言葉に落とし込んで書いてくれるひと。

これからの世界のために、使い捨ての精神を見直してもっと物に親しくなって触れてみようと書いてくれるひと。

自分が美しいと思う世界を作品に立ち上げて載せてくれるひと。

日々の感触を、ぽとりぽとりと抽出するような言葉で届けてくれるひと。

田植えをし、稲を育て、収穫し、そしてまた田植えをし…一年という季節の循環の中で、どういう営みが行われているかを飾りのない言葉で語ってくれるひと。

よそ者として新しい土地へ移り、自分がそこに馴染んでいくまでの過程を、てらいのない言葉で残してくれたひと。

いつでもここに帰ってきていいよとばかりに、シーツを干したり、珈琲を淹れたりと、場を守り育んでくれるひと。

はるか昔の神話の時代から、今の私たちもそう変わらないかもねと、切ない笑い話を届けてくれるひと。

昔の自分が置いてきてしまったものと、わざわざ出会い直しにいって、一つ一つ誠実に向き合おうとしているひと。

ここに集う住人さん一人ひとりのお部屋からは、私が知らなかった世界の表情が立ち現れてくる。
 
  
 
いつしか、予想していなかった、しかし嬉しい変化が起こっていった。
ここで過ごしてくれた住人さん一人ひとりが、自分の言葉で「アパートメントらしさ」を言葉にしながら、新しいご縁を運んでくれるようになった。

「私の友達にこんなひとがいて、アパートメントで書いてもらえると面白いと思うんだけど」
「彼のこの文章さ、なんだかアパートメントっぽくて、ここで読んでみたいなって」
「しばらく時間が経ってまた書きたいことが出てきたんだけど、やっぱりまたアパートメントが良いなと思ってて」

一度も「こうだ」と定義したことはないけれど、ここに集う一人ひとりが自分の言葉で表現してくれた「らしさ」は、それぞれにある側面から、アパートメントの実相を捉えてくれていたように思う。みんなの視線が交差する先に、ぼんやりと像が浮かんでくる。そんな感覚。

もしかするとそれは、私たちが世界と関わる方法そのものなのかもしれないな、と思う。

元より「全て」を把握し、描き尽くすことなんてできない。

そこにゴールも終わりもない。

けれど、私たち一人ひとりが世界と向き合い、誰かに届けたいと思って表現を重ねていくことで、少しずつ世界は豊かさを増していく。この部屋では、そんな営みが繰り広げられている。

アパートメントは、それぞれがこの世界をどんな風にしてゆきたいか、世界とどのように関わっていきたいかを表現する場所。

何年にもわたってぼやぼやゆらゆらと言葉を交わしてきましたが、今はそんな風に考えています。