縁は実在する

第39期(2018年6月-7月)

「ご縁」などという、うさんくさい概念は、社交辞令のための便利な道具くらいのものだろうと思っていました。
しかし、「自分を好きになれなかった」という共通点で私とつながった取材先の方が、まさか、私がいちばん自分を嫌いで迷走していた高校時代の同級生と知り合いで、会うお誘いを頂いてしまうとは、さすがに、この世には人のコントロールできる範囲を超えた何かがあると思わずにはいられませんでした。

電話があった日、神原さんからLINEで頂いていたメッセージは、とてもあたたかいものでした。

<神原さんからのメッセージ>
I氏の事、何だか驚かせてしまってすみません。
(素で最近まで知りませんでした。。)
びっくりさせたのを謝らなくてはと思ったのと、お伝えしておきたい事があるのでLINEしました。
まず、ただ単純に同率順位くらいに大好きな宮下さんとI氏が同級生という事実にただただ驚き、とても嬉しかった事。
私も宮下さんやI氏のような28歳になりたいです。
宮下さんがどのような高校生であったかは分かりませんが、Iくんが簡単にお話してくれた宮下さんは、面白くいい人でしたよ!
思わず、「だよね~、分かってくれる人がいて嬉しい」と返答しました。
あの、私もこじらせ女子なので過去と対峙するのめちゃくちゃ嫌なので、痛い所を付いてしまった、そして、よりにもよって大成功した放送日にお伝えしてしまった事を謝らなくてはならないのですが、I氏が「宮下、いいやつだよ」と笑顔で言ったあの言葉に、嘘偽りはないと思っています。
(FBにも高校時代の事が書かれてましたので、何となく気になったのでした)
長くなりましたが、3人でお会いするのは無理強いはしません。
ただ、私はお二人それぞれに今後も個人的に関わらせてもらいたいと思っています。
お二人のナイスキャラに惹かれる一、ファンからでした!

取材先の方に、ここまで言って頂けることが本当にありがたく、また神原さん自身が自分に可能性を感じ始めている空気にふれたことで、私も、自分でしていたフタを開けてみたら、凝り固まっていた過去への思いがほぐれることもあるのかも・・・と思い始めていました。
しかし、それは私のなかの30%ほどで、残りの70%は、怖じ気づいていました。
周りに見せびらかすようにIくんを追いかけ回していたことが申し訳ないだけでなく、あの頃の自分の、愛されることをあからさまに欲し、その重荷をIくんにすべて背負わせようとしていた甘えが、思い返すたびに恥ずかしかったのです。
特に、強い雨が降った日、彼が傘を持っておらず、私が自分の傘をさして彼が濡れないようにし、自分がずぶ濡れになったことは、見返りとしての好意を求める気持ちが見え見えの、押しつけがましい振る舞いでした。
それに、素朴でまっすぐな彼を神聖化し、それと比べて自分を軽蔑心にまみれた汚い人間として貶めていたことも、身勝手だったと思います。

人はたぶん、何歳からでも、自分を好きになることを始められる。
そのことが、今は嬉しい。
でも、できることなら、もうちょっと早く、そうなりたかった。
あの頃に出会った人たちとの関係・・・。
取り返しのつかないものもあるんだ。
そう思っていました。

神原さんとの電話から9日後の3月8日。
私は、Iくんと会うかどうかをまだ保留したまま、あるバーを開店前に訪ねていました。
バーのマスターはゲイであり、私は歌川さんに番組へご出演頂くにあたって、なるべく多くのセクシュアルマイノリティの方の生き方にふれておきたいと、取材を申し込んだのでした。
マスターは、「ゲイであることは、今の自分にとってそれほど大きな要素ではない」というお考えで、ゲイバーというわけではなく、特に客層を限らないバーを開かれています。
私は例によって、自分がなぜ来たのかを説明しました。
選べなかったことに、人がどう納得を見つけていこうとするのか、その生きざまの輝きに興味があること。
別の場所でマスターを見かけたとき、大きな水玉がついたカラフルなジャケットがとてもかわいらしく、「自信」を感じたので、お話を聞いてみたいと思ったこと。

マスターは、「人が生きるためには、どうしてもボーダーが必要だ」という前提をお持ちでした。
「セクシュアリティに限らず、たとえば家族のなかでは『父親らしく』とか、会社の中では『管理職らしく』とか、誰しも、『○○らしさ』を一生懸命コントロールしながら生きている。
それがなきゃ、生きていけない。
ただ、そうしなくてもいい場が、誰にとっても、どこかにあればいいなと思う。
そういう空間を、自分はつくれているんじゃないかと思う。」

そう話すマスターは、「ゲイであることは、隠さなければならないことだ」と思っていた20代半ばまで、周りのみんなに嘘をついているという感覚にさいなまれ、次第に自分を押し殺すようになっていったそうです。
大学も、就職も、なんとなく。
「親が喜ぶから」程度の理由しかなかった―。
しかし、本当は自分のことを知ってほしいというもどかしさに耐えきれなくなり、一度すべてをリセットするため、ニュージーランドに旅をします。
「初めて自分で何かを決めた」というマスターが、現地で出会ったのは、セクシュアリティもナショナリティもぐちゃぐちゃの、違って当たり前の世界でした。
マスターは、そこで感じた空気を、お店のなかでもつくりたいと考えていたのでした。

「素直になると、会える人が増えるんだよね。」

その言葉が自分と重なり、私は思わず、Iくんのことを相談してしまいました。
思い出したくもない高校時代、特に迷惑をかけた同級生が、なぜか私の取材先の方と大学院での知り合いで、会わないかと誘われているんです。
怖いし恥ずかしいけど、大事な機会のような気もしていて・・・。

「うちのお店で会えば?」

私はあっけにとられました。
マスターにそう言われるまで、私は自分がいるのが、人と人とが会う場所だということを忘れていました。
というよりも、「自分が」誰かと会うかもしれない場所として、認識していませんでした。

そうか。
もう、そういうふうに決まっているというわけか。

神原さんがIくんと大学院の知り合いで、歌川さんには「オセロがひっくり返っていくようなドラマがあるかも」と言われ、マスターには「うちの店で会えば?」と応援してもらえる。
私は次々に現れる「ご縁」に包囲され、とうとう観念したのでした。

3月17日。
3人の日程が合ったその夜は、結局、マスターがお休みだったため、あとでご報告しますと言い添え、私たちは中央林間の駅で会いました。
カラッとした性格のIくんは、予想通りの明るさで、「久しぶり!」と言ってくれました。
高校時代は、冬でも半袖に短パンだった彼ですが、その日は意外にも七分丈のシャツと長ズボン。
それを指摘されると、「一応、俺なりの社会性」と笑ってくれて、月日が経ったことと、そのなかでも変わらないものがあることを感じました。

カレー屋さんに入った私たちは、一通りの世間話をしました。
Iくんと神原さんが大学院のバスケ部で知り合ったことや、彼が相変わらず猛獣のように勉強していること、そして、神原さんにご出演頂いた番組のこと。

私は、いつ、あの頃のことを持ち出して、謝らなければならないかとビクビクしていました。
そんなとき、Iくんが、いつもの素朴でまっすぐなIくんのまま、思わぬことを言い出しました。

「神原が、誰にも話さなかったような気持ちまで、宮下に話したのが、なんか分かるよ。
だってお前、話聞いてるとき、目がキラキラしてるもん。すげえ楽しそうだもん。」

私は、笑ってしまいました。
自分の目は、むしろいつも細いのがコンプレックスだったくらいで、キラキラだなんて、世界の裏側から飛んできたような言葉だったからです。

でも、言われてみれば、いつからか私は、番組のためではなく、困っている誰かを助けるためでもなく、ただ自分の心を埋めるため、「聞きたいから聞く」という気持ちで人と会うということだけは、徹底してきたと思います。
私が守ってきたことが、そんなふうに表に出ていたのだとすれば・・・。

本当は面白いことが苦手な私が、面白い人間になろうとして、
本当は真面目な人間ではない私が、真面目を盾にしようとして、
あの頃、私はいつも、自分を本当の自分よりも大きく見せようと必死だったけれど、

ただ、今の自分を見てもらうだけでいいんだ。

すべてを踏まえて、今の私を褒めてくれたIくんに、その場で何を蒸し返すこともないのではと感じた私は、2人と別れてから、LINEで少しだけ、当時のことを彼に謝りました。
彼からは、「高校の頃のことも俺にとっていい思い出だから、そんな謝んないでおくれよ笑」と、短い返事がありました。

オセロは、確かにひとつ、ひっくり返りました。
それも、あまりにも早いスピードで。
それは「仲直り」という意味ではなくて、亡き者にしておきたかった過去が、今の自分をつくってくれた大切な時間だったんだと思えるようになる、という意味でした。

そして同じ頃、私の身に、いくつもの新しい出来事が起きました。

ひとつは、「見た目の症状」の出演者の方々が立ち上げた、ラジオ番組への出演。

ひとつは、取材でお邪魔したYouTuberさんの撮影現場で、出演者として扱われること。

ひとつは、歌川さんのブログで、ネタになること。

ひとつは、このアパートメントでの連載。

1年前に頂いたお誘いだったら、お断りしていたと思います。
「つまらない人間は、他人の面白さを分けて頂くのだ」と思ってドキュメンタリーを制作していた私にとって、自分の中にある何かを発信するなど、あり得ないことだったからです。
でも、「ただ、今の自分を見てもらうだけでいい」のだとしたら・・・。

今の私には、「得になりそうだから」「自分に合っていそうだから」「周りの人が喜びそうだから」「他に選択肢がないから」以外にもうひとつ、「これがきっとタイミングだと感じるから」という、新しい動機の引き出しがあります。
3月から立て続けに頂いたこれらのオファーに、私はひとつひとつ、新しい自分を感じながら、お応えしました。

もはや私にとって、「ご縁」は実在のものです。
それは、心の真ん中で人と会うことの、積み重ねの先にあるものだから。
Iくんが、それを教えてくれました。

神原さんがIくんと知り合いだったのは、完全な偶然だけれど、それでも私が高校時代の自分を大嫌いだということを伝えていなかったら、「会いませんか」というお誘いを、神原さんがこんなに強くしてくださることはなかったはずです。
そしてさかのぼれば、神原さんが私の「自分を嫌う気持ち」に気付いてくれたのは、私が「子どもをもつのが怖い」という話をしていたからです。
そして、それを話すことになったのは、神原さんが卒業を伸ばした理由を、私が聞きたいと申し出たからです。
会いたくないという気持ちと戦いながら、歌川さんに会いにいったのも私。
水玉のジャケットに惹かれて、マスターに会いにいったのも私。

ご縁の半分は、意志でできている。

だとすると、あまりうさんくさい概念だとも思えないのです。

これが私にとっての、「素直になると、会える人が増えるんだよね」という言葉の解釈です。

5月12日、29歳になった私に、神原さんから動画が送られてきました。
体育館で寝っ転がったIくんと神原さんが、「誕生日おめでとう」と手を振ってくれていました。
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Iくん、神原さん、歌川さん、マスター、そして、ここまでに登場したすべての人たち、それから、お読みくださった皆様に感謝します。
ありがとうございました。

さて、オセロは連なるものです。
第6回は、ほどなく訪れた、「眼球舐め」のYくんとの再会についてお話ししたいと思います。