2/4 かえる場所のことについて、はるえちゃんへ

管理人室の往復書簡

はるえちゃんの「あのひとに帰りたい」ということばを読んではっとしたよ。
わたしはやっぱりどうしてもあの場所、あの時間にいた自分のことをまず初めに思ってしまうのね。
“ひと”が第一に浮かびはしない。
自分に属することにかえることがまず先で、何と接していたかというのはそのあとにやってくる。
自分というものがある限り自分を通らずに何かに辿り着くことなんかできないのだから当たり前のプロセスなのかもしれないけれど、なんかこの段階を踏まなきゃ世界にひらかれないのは問題なんじゃないかなあって、ずっと考えてきた。

自分のなかみばかりと関わってこの何年も過ごしてきてしまったような気がする。
まず自分の中を知って、自分のことを終わらせてからじゃないととってもひとに向き合えない、と考えてきたのかもしれない。
そんなの一生かかったって終わる作業じゃないのにね。

去年写真展でひとを撮ろうってなった時に、わたしひとを全然撮れなかったの。
好きなひとも知りたいと思う人ももちろんいるんだけど、向い合ってもそのひとじゃなくって、ひとに対面している自分のことばかりがそこにあるんだ。
見ているようで全然直接そのひとを見ていない、わたしはただ、受け取ったように感じてるそのことの感触だけを指で辿っているんだなあと、なんだか愕然としてね、だってせっかく目の前に生きた、興味のあるはずのひとがいるんだよ。それなのに見てないなんてね。
もしかしたらひとどころか、私は世界のことも全然見てないのかもしれない、ってひやっとした。
この欠陥はわたしと世界を遠ざけてる、って。

けれど今少しずつ自分のどこかがほぐれていっているのを感じる。
すごく遠回りに手を繋ぐ術しか今は知らないかもしれないけれど、でも時間がかかっても繋ぎたいという気持ちだけは確かなんだからそれでいい、って思える。
それに、これはひとりきりの作業じゃない。
繋がりたいと思うひととのこと。
一緒に繋がる場所にいようか、って言ってくれるひととのこと。
それぞれの距離があってスピードがあって都合もある。
縁とか運とか馬とかもある。
生きていることと同じくらいどうなるか分からないことだし、そんな重なりをもったひとりひとりが集うんだと考えたらね、こぢんまりと私だけが握っておこうなんて思わなくていいんだ、と力を抜くことができた。

 
小さい時にね、おうちで「トイレ新聞」というのを書いてたんだ。
週刊だったと思うけどトイレの壁に記事を出してね、ポストを作って家族から投稿を募ったりもしていた。
特集を組んだりレポートを書いたり、…具体的に何を書いていたのか忘れちゃった。
でも家族はそんなに投稿を頻繁にしてくれなくて(そりゃそうだよね、父は忙しいし母は生真面目だし弟は小さいし)そのうちやめちゃったけど結構長いこと続けてた気がする。

たぶんわたし、そういうちょっとだけ自分とひととの間に隙間があって、そこで出逢う、みたいなことが好きなんだと思う。
その触れている場所でなにごとかが生まれて育ってゆくのを見るのが好きなのかもしれない。
ふふ、やっぱり遠回りだ。

 
apartmentのアパートって、ひとつひとつが個々に独立している、みたいな意味があって、そんなふうにそれぞれが自由だしでもだからこそ知りたいと思う、話をしたいと思う、そんな場所にしたくて名付けたよね。
ただここの名だというだけじゃなくて、今の自分をどこかに連れてゆくようなことだったと思う、この名付けは。

 
すごく長くなっちゃった。
夜中の手紙は恥ずかしいものになるからポストに入れてはいけない、ということはわかっているけれど、素直な今のことばをとどけます。

 
かおりより。