庭師通信2

管理人の部屋

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金網の向こうのうさぎを見ている。
隣には年上の近所のお兄さんがいる。
お兄さんはうさぎの食べているにんじんを指して、
「あれはだいだい色だよ」
と教えてくれる。
「あれがだいだい色かあ」
目を凝らしながら胸のなかでその言葉を反芻する。

それが、私のいちばん古い記憶です。

後に母に聞いたところによるとそのうさぎ小屋は私が1歳半まで住んでいた家の近所のものなのだそうです。
そのおうちの奥さんがヤクルトレディをしていたので、よくヤクルトを貰ったり、その家のお兄さんに可愛がられていたそう。(「だいだい色」というレトロなことばを使ったお兄ちゃんは多分、5歳くらいだったんだろうと思います。)

1歳半のわたしは「あれがだいだい色かあ」というそのセリフを、はっきりと胸の中で日本語で繰り返しました。
そばに母や祖母がいたのか、立って金網に掴まっていたのか、頭のなかの映像にはない。
ただ、その瞬間、自分がことばを知ってとても嬉しかったのを覚えています。
それは海のてっぺんにのぼりつめて胸の底から息を吸い込むような、暗闇から扉を開けて一気に視界を灼かれるような、強い
喜びでした。
しかし私は同時に、それまで自分がその色のことを何と呼んでいたか忘れてしまった。
「だいだい色」という名前を知る前もその色のことは知っていたし、他の色、他のものごとと区分けするための自分なりの方法を持っていた。自分なりの名前を付けていたのか、ただ感覚的なものだったのか、その中間のようなことだったのか判然としないけれど、確かにそれはただの混沌ではなかった。
なんにせよ言葉を知ったその瞬間、それ以前の世界は、ふたをされるように遠ざかったのです。

いちばん古い記憶のことを私が反芻するようになったのは、共感覚ということばを知った頃だったように思います。
私には文字ひとつひとつに全部色が付いて見えます。
ひらがなもカタカナも漢字も英語も数字も…でもアラビア語や韓国語はよくわからない。
文字が物理的にカラフルに見えているというよりは、文字を受け取った脳みその部分が色づく、温度を発する、ような感覚。その文字を発音しようとするとその色にふさわしい温度に喉から口内の温度も変わる感じです。
このことで得をしたことはあまりなくて(多くのリストからある名前を探しだす、というような場合以外役に立ったことがない)色盲検査で先生を困らせたり(色は判るのだけど、例えば私の中で赤ではない6が赤色で表示されていると戸惑う。赤は1でしょ?というように)「高橋さん」と「柴田さん」を間違えたり(どちらも黄色よりの黄土色なので)というあまりそれこそ他のひとには共感されないような回路がある。
言葉のインプットのときにまず、文字からの色情報と温度、そのそれぞれからいっぺんに派生する関係のないイメージからどれを取捨選択すべきか? そして言葉のアウトプット時に、20くらい押し寄せてくる情報のどれを選択してたったひとつの思考/言葉にするか? というプレッシャーに常に緊張している、かもしれません。

「共感覚者」と言ってしまうと何か特別なことのような気がするけれど、私はどんなひとも共感覚的な繋がりを脳やからだにそなえているのだと思います。
私たちは言葉というものを得て、世界のあらゆることに名づけをし、分類し整頓して、把握できるかたちにしている。人間の意識世界が混乱なく成り立つように。
けれど、名付けられたひとつひとつを区切っている膜のすぐ外には膨大な混沌が溶け込んだ海が広がっているのじゃないか、そこはわたしが「だいだい色」という言葉を覚える前に、今よりもっと慣れ親しんでいた場所なんじゃないか。
言葉は、視覚は、触覚は、味覚は、聴覚は、そして思考やからだの感覚は、そこから完全には切り離されてはいないのじゃないか、という気がします。

とてもたくさんのものを見て悲しくなったり、
嬉しいのに切なくて涙が出てしまったり、
幸せなのに何だか不安になって放り出したくなったり、
こうだ、と決めたことも突き詰めて考えてみると遠くでまったく反対の感情と手を結んでいたり、
家族で食べた夕食がおいしくて楽しかった日ほど自分の死や家族が悲しむ場面を想像して泣きながら眠ったり、
世界の中では分かたれているとされているものごとが、時々背中をくっつけて存在している事実を、子どものわたしはなかなか消化することができなかった。
世界にあることばで規定できるあらゆるものが、感覚の霧/感触のスープの海に浮かんでいるように認識されて、ときどきどうしたら漂わずにおれるのか不安で、宇宙の中で溺れそうな気持ちになりました。
しかし(これもまた同時に)その膨大な宇宙にはただ自分ひとりだけで立ち向かわなければならない、つまりわたしもまたひとつの宇宙であるのだ、ということがからだの中に芽生える。
それはとても頼もしく、いきいきとした、発見のような喜びでした。
 

ものをつくる時、わたしはこの言葉以前の世界の振動を聞きたくて、あの境目のことをよく思い出します。
立ちふさがった壁の向こうに帰ることはできないけれど、たたずんで話しかけるとそこに投影される。囁かれる。射し込んでくる。霧のように立ち上がってくる。
忙しい世界ではときどき、自分だってまるまる宇宙なのだということを忘れます。
雑多なよくわからないもの、把握しきれないうらはらが詰まった宇宙の傍らで、ときどき、自らに聞かないままにぱっと簡単な場所/言葉に当てはめて、握り込んでしまう。ほんの一片でしかないその自分が、ほんの薄目で見て評価した他をまた、どこかに当てはめようとする。

言葉はかたちならぬものを形にしよう、分かちようのないものを手渡そうとする、その意思そのもの、祝いのようなものであるような気がします。
祝いは転じて呪いにもなる。
だからことばというものを畏れます。
畏れながら、惹かれている。
ことばに触れながらにして、言葉以前のものとも一緒にありたい。
宇宙だから欲張りでいいと思っています。

表面に表れているものの本体を見つめるためには、わたしのなかに耳を澄ませてどんな色が返ってくるのかを聞かないといけないのじゃないかなというふうに思います。
わたしというものの根は誰かが規定したもののなかにあるわけではないし、私が規定したもののなかにも留まらない。
ただ、生きたり死んだりするわたしという宇宙とともに在る、
すべては分かちようがなくそこにある。
 

わたしが踊りを見てもらいたいと願うとき共にあるのは、一緒にその宇宙を触れにゆきたい、ということなのだと思います。
私がアパートメントを続けてゆきたいと願う理由も、おそらく。