庭師通信3

管理人の部屋

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4月も半ばにさしかかり、今月はこの管理人の部屋のお当番だ。さあ、何を書こう?
「アパートメントのはじまり」 「はじめての記憶」 と続いたので今回もなにか「はじまり」のことについて書くのもいいな。
そんなことを考えていた矢先に、熊本で大きな地震がありました。
真っ先に情報として入ってきた「震度7」というその数字に目を疑い、まさかそんなことがこのうえ起こるのか…と足が萎えたようになるのを感じました。その感覚は2011年3月に東京で震度5強を味わった時に、もしこの地震の震源がここじゃなかったらとんでもないことがどこかで起きていると直感した、あの時の足の震えを思い起こさせるものでした。

アパートメントのはじまり」 で書いたように、この場所は2011年の東北の震災をきっかけとして立ちあげました。
熊本の地震のあとにSNSで色んな方が発言されたり行動されるのを見ながら、自分ができることをぐるぐると探した5年前に引き戻されるような感触が度々ありました。
自分が発信することで誰かが助かる情報、言葉はないだろうか。今回もそうして一日ネットにしがみついていました。
しかしネットから提供できる情報はすでに多くの方が示されているし、錯覚に溺れたまま発せられた私のことばは何の役にも立たない。そう考えてパソコンを閉じました。
改めて、こういった時に何かを発信、発言することのむつかしさについて思いました。

このままアパートメントの毎日の連載を続けてもらっていていいのだろうか、という気持ちになったのはその時でした。
どんな内容にせよ「まさに今発言をする」ということを書く方に強要することになりはしないかという心配からでした。
私は自分で選んでパソコンを閉じTwitterから逃れることができたけれど、もしかしたらすでに書き上げている原稿をこのタイミングで発表したくない方もいるかもしれない。
…でも勿論それは考えすぎだとすぐに頭を振りました。
もし発表したくないと思ったら相談下さるだろう。私はアパートメントという場所を住みよいように管理しているだけで(枝を切ったり花を植えたりほうきで掃いたり)、そこに住んでいるみなさんはどんな時も自由なのだから。
とはいえ、迷いのようなものの香りは消えなかった。

ちょうどその時にある方のTweetが目に留まりました。
いつもアパートメントを読んで感想をつぶやいてくださる砂漠さんがアパートメントをリンクし、Tweetしてくださいました。

“本1冊も無い時に、ここにたくさんお話があります。眠れない夜のために。”

それは、岡田陽恵さんと初めて会った日、一枚のアパートの写真をふたりで眺め、「アパートメント」 の立ちあげを決めた日のことを思い起こさせることばでした。
そうだ、わたしは毎日続くことがやりたかったんだ。
眠れない夜にわたしはベランダに出て向かいのアパートを眺めることをよくしていました。
飲んでいるのか、勉強しているのか、映画でも見ているのか。もう寝静まった暗い部屋も多い。
ひとつひとつの部屋のには誰かの生活があって、私はそれを見るだけで、不思議と眠りに就くことができました。
自分の状態とはかかわりなく他の誰かはいつもどおり生きていてくれる、という事実は、時に人を勇気づけるようなちからがあるのではないだろうかという気がします。
だから私はアパートメントを毎日更新にしたかった。
“明日も新しい記事が更新されるなら、明日まで生きてみようと思ってくれるひとがいるかもしれない。”
このことばは、「アパートメント」の前身である「いとでんわ」を一緒にはじめてくれた友人のことばです。

好きだった雑誌が休刊になったり、新しくウェブ部門をはじめたり、面白いウェブマガジンだなと思ったら個人からの発信のものだったり、そんなことを見るにつけ、アパートメントという場は果たして、発信する場として何であるのか?ということを考えます。
同じ時間に生きる友人/隣人とどうやって私は関わることができるのか? という問いから始まったこの場は、はたしてそのことにゆっくりでも、少しずつでも、答えを出しているんだろうか。

いろんな価値観、体験、考え方、生業を持った方がここにはいて、それは世界のミニチュアみたいだな、と私は思う。
「当番ノート」の住人さんは2ヶ月間、毎週1度(つまり全部で8、9回)記事を書いてくださるのだけれど、2ヶ月間記事を読むとことで、いつのまにかそれを書いた方の像が私のなかに立ち上がり、そのことを通じて自分を再確認するような感覚があります。
毎週締め切りがある、というその制約が負うところも少なからずあると思うのだけれど、記事にはどうしても取り繕いようのない「そのひと」のが滲む。色のようなものだったり、香り/匂いのようなものだったり、または、あえてその人が触れない空白のようなものである場合も。
一度きりの記事だったら気づかないかもしれないようなそのほんの僅かな「そのひと」が、4回、5回目くらいの記事でぼんやり見えてきて、2ヶ月経つころに焦点を結ぶ。
私はそれぞれの住人さんの書いて下さるその主題もとても楽しみに読んでいるのだけれど、体験としてその、いつのまにか影のように現れたそのひとの像が並んでゆくことを、とても興味深く感じている。

もちろんこれは「私のなかのそのひと」という話であって、決して、私がそのひとを2ヶ月で見抜いている、とか、知り合ったような気になった、というような話ではないのです。
これはまったく片思いのようなことにも似ている……のかもしれない。
 

こうしてここの庭を見回ったり、入り口の掃除をしたりしているだけで、私はいろんなことに触れることができる。
アパートメントはまだウェブの中の場所だけれど、ここには検索してもどこにも出てこない、それぞれのひとの声と生きる時間があります。
私のからだはひとつしかなくて、脳みそもひとつしかなくて、目も耳もふたつずつしかないから、私が直接見聞きし体験できることには限りがある。
だけどここにいてわたしは、住人さんが語った景色を旅することができる。
そればかりかその景色を自分の体験/記憶というスクリーンに映し出すことで、そのふたつともちがう、新たな音を聴くことすらできることがあります。
 

『はてしない物語』はその章ごとに、続きの語られないたくさんのお話が登場した。そのお話は本筋とは関係のない枝葉なのだけれど「そのお話がどうなったかは、また今度」というふうに私たちに託される。
自分の時間、自分の命にはきりがあるけれど、世界は続いてゆく、この事実は、ときに不思議な安心感を与えてくれるような気がします。
それは、時間や物質の制限によらない「きりのなさ」を私たちに感じさせてくれるからなのかもしれない。
自分でないあるものに触れるとき(それは人間かもしれないし物かもしれないし形のない何かかもしれないけど)私たちはその知り得なさを知り、きりのなさを知るような気がする。
同時に自分自身の果てのなさのことも知るんじゃないかという気がする。
ひとつしかない身体、ふたつずつしかない目や耳を、限りなく豊かにしてゆけるという感触がそこにはある。

 
世界は多様で、限りがない。
可能性にも限りがないし、絶望にも限りがないかもしれない。
でも私はそんな両極の境目にいて、どちらをも味わう準備のある自分でいたいと思います。

そういえばかの有名なアパート(団地?荘?)の管理人であるレレレのおじさんも音無響子さんも、いつもアパートと道の境目をうろうろしているな。
むかし踊り子やシャーマンは村と世界の境目にいた、というし。
わたしも管理人家業が板についてきたのかもしれません。

砂漠さんには、本文中にTweetを引用することをご許可いただきました。
重ねてお礼を申し上げます。